月の香り、花の音色

このブログは前回のメルマガ「フラワーヒーリング日記」の発行前夜に突然開設となりました。ブログのことをちらりと思い始めたのは、今年の初め頃。けれども私自身がPCに疎いため、それとなく彼(コオ)に希望を伝えておきましたところ、忘れていたかのようであった彼が突然に思い立って(そのように見えました・・)作ってくれたのです。「せっかくだから明日のメルマガでお知らせ出したら?」という言葉にびっくり。嬉しくて嬉しくて、時間を忘れて作業の仕方を教えてもらい、初めてのブログへの書き込みをおこなったのでした。

作業中に、はたと考え込んだのはブログのタイトルです。目に見えること、見えないことにこだわらず、直感にふれたものを言葉にしてみたい。それにぴったりくるような名前をと思ってもどうしても出てきません。2、30分ほどたった頃、手元にあった本を何気なく開いてみましたところ、そこに「糸の音色」とありました。志村ふくみさんの「一色一生」という本です。ですから、このタイトルは志村さんからいただいたということになります。感謝の意を込めてそのことを書き記しておこうと思いました。

この本は志村さんの糸、織、色への思いをこめたエッセイ集です。著者がそれらの背後に確かに存在するものに対してしっかりと焦点を定め、それを見失うまいと、自身の器を広げようと努力してきたその道が書かれています。「一色一生」から少しばかり引用します。

「色はただの色ではなく、木の精なのです。色の背後に、一すじの道が通っていて、そこから何かが匂い立ってくるのです。私は今まで、二十数年あまり、さまざまの植物の花、実、葉、幹、根を染めてきました。あるとき私は、それらの植物から染まる色は、単なる色ではなく、色の背後にあるある植物の生命が色を通して映し出されているのではないかと思うようになりました。それは、植物自身が身を以って語っているものでした。こちら側にそれを受けとめて生かす素地がなければ、色は命を失うのです」

私はこの本をお供にして高山へ参ったのですけれども、私が今後たどり着きたいと感じているものも同じところにあると深く感動しました。そんなことも含めて充実した休暇をいただいたと思っております。

尚、このブログは都合上コメント不可になっておりますが、感想などございましたら是非本サイトよりメールをお送りください。
# by m_alchemia | 2005-04-04 16:47 | 日々の想い

飛騨高山

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一週間の春休みをいただいておりました。その間に1泊2日で飛騨高山へ行く機会がもてました。暖かい日差しがわずかにさしたかと思うと、とたんに小雪がちらつくといったまだまだ春遠い高山でしたが、古い町並みや朝市などといった風情を十分に楽しめたことを嬉しく思っています。それにしても町なかを水がふんだんに流れているからでしょうか、高山は建物の外も内も埃の少ないところだなぁ、というのが第1印象でした。物腰が控えめで、丁寧で、あたたかな人柄の方にもたくさん出会いました。土地の空気がとても穏やかなので、もしかしたらその空気が高山気質というようなものを生み、そしてその気質が高山の町を作り上げているからなのかもしれません。高山陣屋の中を歩きつつ、この寒い山奥の土地を江戸の幕府が天領(直轄地)としたのは、単に材木などの資源目当てだっただけではないのではないか、何か表面的なものだけではない理由があったのではないかしらと、そんなこともあれこれと考えておりました。

丁寧さ、といえば以前ルネサンス期のボッカチオがダンテの「神曲」を自分のために書き写したもの、というものを見たことがあります。こまかい挿絵まで自らが丁寧に描いており、あまりの美しさに見とれてしまいました。そのときに私が思ったことは「私は今まで自分のためだけに何かをここまで丁寧に美しく仕上げようとしたことはなかったなぁ」ということでした。誰かのために何かを丁寧にしあげよう、時にはそれが人からの評価を得たいため、ということも子供の頃からを通じて多くあったように思います。しかしボッカチオのそれを見たときに、私がそれまでしてきたことの薄っぺらな部分をまざまざと見せつけられたかのような衝撃を受けました。

高山の町でいろいろな工芸品や古い建物を眺めているときに「ボッカチオの衝撃」と同じことを少なからず感じておりました。丁寧であることの美しさ。それは前々から感じていたことでありますのに、日々の出来事に追われていつのまにか後回しにしてきた課題でもあります。今回の飛騨高山行きはもう少し良い季節であったなら、とは思いましたけれど、今のこの時期にこのことを思い出せたという意味では良い時期に行かれたのではないかと思っています。

ちなみに息子の桂は飛騨牛がよほど気に入ったらしく、帰ってきてからも思い出しては「おいしかったね~」と言っています。高山の皆さま、お世話になりました。
# by m_alchemia | 2005-04-02 22:29 | 日々の想い

おかげさまで

本日38歳を迎えました。今日はパートナーである彼の父の命日でもあるので、結婚以来、自分の誕生日には必ずお墓参りに行きます。お墓の前で手を合わせるとき、自分がここに生かされていること、彼と息子の桂が元気でそばにいてくれること、たくさんの方に支えられて「やすらぎの部屋」を続けていかれること、あらゆることに対して感謝の気持ちがいっぱいにあふれ、とても幸せな気分になります。私にとって、この日のお墓参りは大好きな誕生日イベントになっています。「おかげさま」とは「神様、仏様、お陰様で目に見えないものの力のことをいう」と聞きました。私は例えば、自分のことをどなたかから褒めていただいたときなどに、「いえいえ、それほどでもありません」というよりも「はい、お陰様でありがとうございます」と答えるときの爽やかさがとても好きです。自分では気づかないたくさんの力によって自分が支えられていること。今日も、これから「おかげさまで」と墓参りをしてくる予定です。

これまで「フラワーエッセンスセラピー」としていた個人セッションを「タロット&フラワーヒーリング・ナビゲーション」と名称を変更いたしました。気持ちを新たにして、皆さまをお待ちしております。

本日より4月1日までやすらぎの部屋はお休みをいただきます。ブログも一緒にお休みをいたします。
# by m_alchemia | 2005-03-28 08:12 | 日々の想い

菜の花につつまれて

新聞の一面に掲載されていた写真に引かれるようにして、浜離宮の菜の花を見てまいりました。薄曇りではあったけれども、本当に写真のままだわ・・、と思ったのもつかの間、そのむせ返るような春の香りに圧倒されました。その時まで菜の花が香る、ということに思い至らなかったのです。ああ、そうだった。確かに菜の花ってこんな香りだったわ・・と、子供の頃の記憶に懐かしさがこみあげてきました。決して、何か具体的な場面が思い出されるわけではないのですが、ただただ懐かしい。香りにはそんな感覚を引き起こす作用があるように思います。これからたくさんの花が咲き乱れ、たくさんの香りがさまざまな心の扉をたたいてくれることでしょう。菜の花の鮮やかな黄色が目に焼きついて、香りの余韻を残してくれています。

メールマガジンのスタイルを変えても、こういう形で個人の日々の軌跡を綴れることはやはり大変嬉しいことです。フラワーエッセンスのこと、タロットのこと、家族のこと、自分のことなどを少しずつ書いてまいりたいと思っております。どうぞよろしくお願いいたします。
# by m_alchemia | 2005-03-25 22:16 | 日々の想い