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8割よりも6割を

ふと、トヨタ方式に関する本(書名を忘れました・・)の中に書かれていたことを思い出しました。

「勝算が6割あったら、GOサインを出す」

うまくいくかどうかが5分5分ではやはりリスクが大きい。しかし6割だったらやってみる価値があるというお話でした。

そのときナルホドと感心したのは逆に勝算が8割だと、今度は成功がほぼ当たり前になってしまうので、失敗することに対するプレッシャーが強くなってしまって、萎縮してしまうということでした。勝算8割の場合はうまくいってホッとはするかもしれませんが、成功した喜びは実は意外に薄いのかもしれません。

その点で勝算6割というのは一生懸命やっても失敗するかもしれない、でも必死でやれば何とかなるかもしれない、それだったらもう出来るだけのことはやってみよう、というようになって本来のその人の力が最大限に引き出されるということがあるのかもしれません。

そしてもちろんうまくいく確率が低い分だけ、達成した時の喜びは大きいでしょうし、また失敗しても学べることも多く、それが次につながるエネルギーとなって結果的に成功を得る確率はとても大きいように思います。

勝算8割と6割であれば、ワンランクアップして6割の目標に向かってみるというのもいいのかなと思っています。きっと私たちはそんなところに「ワクワク」と感じる生き物なのかもしれません。

明日1月29日~2月2日までラオスです。1月30日にピアラー小学校の開校式があります。ラオスってどんなところなのかなぁ。子供たちはどんな目をしているのかなぁ。どんな旅行になるのかなぁ。(手配した車に全員乗れなかったら荷台に乗って、と言われた。^^;)

今、とてもワクワクしています。(^^)
帰国しましたら、写真と共にご報告をさせていただきます♪
by m_alchemia | 2011-01-28 18:07 | 日々の想い

約束に関する意識と実際のギャップ

先ほどある方にメールをお送りしたものを、少し手を加えて自分の為に残しておこうと思います。

 ・ ・ ・ ・ ・

こんにちは。メールをいただきましてから「約束を守る」ということについてずっと考えております。私は約束というのは時間という要素が関係するものはたとえどんな些細なものであっても、意外にレベルの高い約束だと感じているところがあります。

たとえば「何時に電話する」「毎日続ける」「何時に会う」「何時までに出社する」「いつまでに仕上げる」といったものです。

それは例えば15時に美容院の予約を入れているという場合に、人間というものは朝起きた瞬間から15時という時間をどこかで意識しているものだろうと思うのです。つまり何時間も前からその「15時」という一点に向かって朝から無意識に自分を持続的に拘束している。そうしないと15時にはそこに行かれないからです。

そういうように時間の約束というのは意外に自分を縛るものであるように思います。
と、同時に相手がもしきちんと約束を守ってくれているのであれば、それは当たり前のことではなく実は結構なエネルギーを使い、また緊張を強いてくれているということに私たちは感謝が必要ですね。

また特に自分で自分にした「時間が関わる約束」というのも、これもなかなか大変だったりします。3日坊主という言葉があるくらいですから、たとえ5分でも毎日続けるのは大変ですし、就業10分前には出社しようと思ってもいつもギリギリになってしまう、締め切りが守れない、ということがあるように思います。誰に怒られるものでもありませんからさらにハードルの高い約束となりますね。

そういう意味では「遅刻をしない」という約束と「何かあったら必ず担当者に報告する」という約束では、どちらも普通にできそうでも、明らかに質と難易度が違います。(もっとも自閉症のような方はこれが逆になるのかもしれません。自閉症の人は正確に時間を守りますが、「何かあったら」という基準が理解できないので担当者に報告することがとても高度なレベルになると聞いています)

一見普通に考えれば守れそうなことであっても、それを守るには私たちが思っている以上にエネルギーの必要なことがあるのかもしれません。

それは本来人間の魂が「時間」の枠を超えて自由でありたいという基本的な欲求をもっているからなのではないか、それによる抵抗が起こる時、無意識であっても(本意でなくても)約束が守れないということが起こりうるのではないかと、現時点では思っています。

そして先日のお話に戻るわけですが、もし相手の方が自らそのような時間に関する約束を気軽にしながらそれを守れないということがあるのであれば、それは相手の方がそういう約束が実はなかなかレベルの高い約束なのだということに気が付いていないのかもしれません。

さらにもしその方がそういう(常識的な小さな)約束を守れない自分に落ち込んだり、自暴自棄になることがあれば、じつはそういう約束は簡単なものではなくて、ひそかに高度な約束なのだ、そしてそれを普通に生活の中で守れている人というのは実はすごい人なのだ、ということを理解していくことが必要なのかしらとも思っています。

もちろん、だからといって時間に関する約束が守られなくても仕方がないということをお伝えしたいのではなく、誰にでもできる簡単なことと言われているものの中に、実は意外にそうでもないものが含まれているということを承知していることは人間関係の構築の上で必要なことと思っております。

自分が当たり前だと思う「常識的な考え」には、また自分が疑いも持つことがない考えほど、一度立ち止まって疑問を呈してみるという姿勢はとても重要で、そういう姿勢を持ち続け考えているうちに自分の視界が開けて、今自分が抱えている問題に解決の糸口が見えて来るということがあるように思います。


*本日もお読みくださいましてありがとうございました♪ フラワーエッセンス・FESクラスは残席が僅かとなっております。ご検討くださっていらっしゃる方はどうぞお早めにご連絡くださいませ。

by m_alchemia | 2011-01-25 20:32 | 日々の想い

今日もよく頑張ったね。(^^)

頑張る、ということについてはしばしばここでも書いてきたように思います。
私は頑張るという言葉が好きです。
ですから「今年も一生懸命頑張ります!どうぞよろしくお願いします!」というようなメールをいただくと私の中の頑張り虫が一緒になってワクワクする感じがします。

一方で「がんばらない生き方」というのもあることは承知で、そしてどこかではそういう生き方っていいなぁと思う自分もいます。

私は「頑張る」という言葉は主に現在と過去に対して使って、未来に対しては差し控えるというのがちょうどいいのではないかと思っています。

「よく頑張っているなぁ」「よく頑張りましたね」というように自分や他人に対して使って、「もっと頑張れ」というふうには使わない。というのはどうだろうか、と。

実際誰であれ、その状況の中では十分に頑張っているだろうと思うのです。ですから、いいことがあった日も、楽しかった日も、忙しかった日も、さえなかった日も、落ち込んだ日も、報われなかった日も、「とにかく今日もよく頑張ったよね。」と過去形にして毎日を繰り返していくと、それが習慣になった頃に何時の間にか、ふと「明日も頑張ろう」と自然に口をついて出てくる日がやってくるのではないかと思います。

矛盾した言い方になりますが、「がんばらない頑張り方」ということが意識しないでできるようになったらいいなぁと思っています。

「頑張った」という言葉は上手に使うと自分にプラスの力をくれます。言葉がツールであるなら、一つ一つの単語もちろんツールですから、その力を最大限に活かせるといいなと思い、探っています。
by m_alchemia | 2011-01-21 17:56 | 日々の想い

一年経ってようやく…

昨日は月一度のメンテナンスと称して野口整体を受けました。

「僕は毎回言っているように思うけれども、腰がこういうふうになれば、背中も頭もこんな風に繋がって、もっと自由に身体がが使えるようになるよ」

そう、毎回言われております。でも、なんだかいつも上手くいかないままに、いつの間にか日常の意識の中で埋れていってしまう。ただ昨日は初めて違った感じで聞こえてきました。腰がこういうふうに「なれば」、であってこういうふうに「すれば」とは言っていない。

私は日頃からあまりにもAをすればBになるという思考に慣れてしまっていて、うっかり見落としていましたが、腰が「こういうふうになる」というのはものの考え方、捉え方、体全体の使い方、生活のリズム、そういう全体を変化させていく中で初めて起こりうるものなのかもしれません。

バッチ博士が症状をみるのではなく、相手の全体をみて医療は行うべきだといったのはフラワーエッセンスの世界ではあまりにも有名な話ですが、そのことの意味を私もやはりまだきちんと掴んでいないのでしょう。

いずれにせよ、「腰をこうすれば」ではなく「腰がこうなれば」なのだ、ということに気がつくのに私は一年もかかってしまいました。先生はいつも笑顔でいてくださることにあらためて感謝の思いです。


*本日もお読みくださいましてありがとうございます。
by m_alchemia | 2011-01-20 10:29 | 日々の想い

恥ずかしさと自信

茂木健一郎さんの新刊2冊を読みました。
その中に赤ちゃんはハイハイするのに自信がないなんていうことはない。「自分はうまくハイハイができるだろうか」とか考えずにチャレンジしている。根拠のない自信を持つ。かつて私たちは皆、そうだった。・・・・というようなことが書かれていました。

確かにそうだなぁと思いました。日本の学生が海外留学をしなくなったり、国際会議に積極的に出かけていかなくなったとここ数年言われるようになりましたが(中国や韓国の学生・学者の国際進出は年々増えている)、居心地のよいホームにしがみついていないで、「根拠のない自信」をもって積極的にアウェーの中に出ていこうという趣旨の本だったのですが、茂木氏の情熱を感じて自分のモチベーションが上がったように思います。

ところで私は小さい子供が歩き始める頃、足がおぼつかなくて尻もちをついてしまうしぐさが可愛らしくて笑ってしまったときに、その子が恥ずかしがってその場でそれ以上歩き出そうとしなくなってしまったという経験を持っています。

そのときにこんな小さな子供でも人から笑われることが恥ずかしいという気持ちを持つのだなと思いました。その子は歩くことに自信がなかったのではないと思います。それこそ「根拠のない自信」はあったと思いますが、それとは別に「笑われる」ことの恥ずかしさが上回ったのかもしれない。

人から怒られると怖い、人に笑われると恥ずかしい、この2つの感情は「自信」とは別のところでかなり基本的な感情として私たちの中に存在するのかもしれません。

人に笑われても大丈夫なくらい自信が欲しいとおっしゃる方は多いのですが、この恥ずかしさの感情は「自信」とは同じベクトルの上にあるものではなく、軸を区別して扱った方がいいのかもしれない、とも考えてみました。このテーマはもう少し自分の中に置いておきたいと思っています。


*本日もお読みくださいましてありがとうございました。
by m_alchemia | 2011-01-18 20:37 | 日々の想い

自分らしく

自分らしく生きるということについてよく考えます。
新しい年になって「今年はより自分らしくやっていきたいです」というようにも聞くことが多かった最近ですが、自分らしく生きるってどういう風なことかな?とあらためて私自身を振り返っております。

そうして考えてみると、自分の強みと自分の弱みをきちんと認識してそれを活かしていくということかなというように思えてきました。

完璧主義の人はそれを活かすように、大雑把な人はそれを活かすように、PCが苦手な人はそれを活かすように、直感で行動することが苦手な人はそれを活かすような生き方をしていかれるのがいい。

強みを活かすようにだけでなくて、弱みも工夫と考え方次第では人生を非常に面白くさせてくれると思います。身体が弱いことや、経済的に余裕のないことや、あるいは立地条件の悪いことや、けれどもそれゆえにうまくいったということが後々になって出てくることもあるかもしれません。

そういうふうに考える時、自分らしくやっていくというのはマイペースでのんびり無理せず、好きなことだけ楽しめばいいというのではなくて、自分に素直に向き合って自分の強みと弱みを認めて、どこまでも真剣にいきていくことだろうなと思います。

そういう私も自分の強みと弱みをあまり真剣に捉えてみたことがなかったように思います。
「自分らしく生きるために」一度じっくり考えてみたいなと思っています。


*本日もお読みくださいましてありがとうございました。
by m_alchemia | 2011-01-16 21:23 | 日々の想い

ダイエット

1月15日(土)9:00a.mより第4期フラワーエッセンス・FESクラス(4月開講)の募集を開始いたします。各クラスとも定員4名となっております。皆さまのご参加をお待ちしております♪


 ・ ・ ・ ・ ・ ・ 


彼(コオ)が年末あたりから本格的にダイエットを試みています。
数年前に3ヵ月で10キロ落とした経験がある彼ですが、当時は13キロほど落としたかったところが何故か途中で体重が変わらなくなってしまったようで、そのまま現在に至っていました。

わずかに体重が増えつつあったのを気にしての再度のダイエットのようです。(^^)

不思議だなぁと思うのは、確かに痩せたように見えるのに聞くと数値は変わっていないとのこと。
でもそういうときは数日経つと実際に体重も減っているようです。

肉体より先にエーテル体が細くなるのでしょうか??面白いですね。

逆のこともあります。
これは自分の場合ですけれども、最近太った??と思って体重計に乗ると変わっていないので安心していると、数日後に必ず体重が増えています。(^^;)

体重であっても、目に見える部分で変化するのはやはり後なのでしょうか。。。

いずれにしても今度こそ目標体重になれるといいな、と彼のために思っています。



*本日もお読みくださいましてありがとうございます。
by m_alchemia | 2011-01-13 19:51 | 日々の想い

寒いですっ!

今年、山梨のみそぎ神社で引いたおみくじにはこんなことが書いてあります。

  寒ければさむいと嘆き、暑ければあついとかこち、よいにつけ、悪いにつけ
  苦情を言い、不平を言う。それは神様の御心にそむく無駄事である。
  暑さに耐え、寒さをしのぎ、これに順応し、これを克服する方法を講じて
  黙々と、にこにこと朗らかにやっていこう。

何度も読み返さないと忘れてしまいそうでしたので、持ち帰って、折をみては読み返しております。

それにしても寒いものは寒いですね。(^^;)

この文言を眺めながら、最近、大事なのはそれに耐えるばかりではないということかなと考えるようになりました。自分が苦手な環境にあれば、ある時点ではそれに耐え、また積極的にそれに慣れようと心を柔軟にし、且つその環境を克服するべく工夫し、創造することが大事なのだと思います。

そのプロセスはなかなか一筋縄では行かないかもしれないけれど、少なくとも表に現れる顔の表情くらいはにこやかな顔で心に余裕があるかのような雰囲気でこなしてみたいものだと思います。
ん・・・できるかしら??


*本日もお読みくださいましてありがとうございました♪
by m_alchemia | 2011-01-11 20:44 | 日々の想い

伝統の中に

今日はフラワーエッセンス・Bachクラスの初回を午前・午後にわたって行いました。
この休暇の間、私は日本の伝統文化の中における植物の役割や意味についてインターネットで調べていたのですが、今回はありがたいことに日本の伝統行事に詳しい方がクラスに参加をしてくださっておりました。

自分が知りたいと思っていたものをどうすれば、誰に聞けば、どこに行けば、どんな本を読めば分かるのかが知りたいと考えていたところでしたので、それを知っている方に巡り合えたということは、その天の配慮といいますが、「偶然」というものにとても感謝をしております。

有名なところでは七夕の節句のときに里芋の葉にたまった朝露を集めてきて墨をすり、それで文字を書くと作文や字ががうまくなるといったようなものです。江戸時代には紙に書いた短冊になったようですが、古くは梶の葉に文字を書いたと知りました。梶(かじ)も日本においてはとても神聖な木です。

フラワーエッセンスはもともと植物についた朝露ですが、平安時代の日本にもすでにそのような風習があった(つまり中国から伝わってきたわけですが)、ということをもっと深く知るとフラワーエッセンスへの興味がさらに深まっていくのではないかと思っています。

世の東西を問わず正しいものは続いていく、とはクラスの中で参加者の方がおっしゃっていた言葉ですが、そのような世界をフラワーエッセンスの中に垣間見ることができるのは、まさに知の楽しみと言ってよいのかもしれません。(^^)

それにしても自分が真剣に何かを求めているときには、まったく別のところからその糸口が与えられるということはよくあることで、今回もそれを強く感じております。クラスで新しいご縁をたくさんいただきました。皆様に心から感謝をしております。



*本日もお読みくださいましてありがとうございました♪
by m_alchemia | 2011-01-09 21:14 | 日々の想い

丁寧さが紡ぐ音

デイケアセンターでのマンドリン演奏に出かけてきました。
昨日2週間ぶりの練習があり、本番を迎えました。美空ひばりや、石原裕次郎などちょっとカッコいい曲(^^)を含め、クラシックやタンゴやカンツォーネなどいろいろ・・・。楽しく聴いていただけたようで嬉しい気持ちでおります。

指揮者が変わって丸2カ月がたちましたが、昨日久しぶりに合奏を行って面白いなと思ったことがあります。今回は1回2時間の練習が数日しかとれない中で13,4曲を仕上げるという形で迎えた本番でしたが、指揮者がとにかく私たちを焦らせることなく、丁寧な表現で、丁寧に指揮をしてくれるおかげで、演奏者も皆とても落ち着いた演奏をしている感じがしました。

私も自然に「丁寧に、丁寧に」と一つ一つの音をただそれだけを考えるような弾き方になったのですが、結果として迫力のある曲はとても迫力があり、優しい曲は心が温まるほどの優しい音色に聞こえました。

・・・思い切り自画自賛ですが、他のパートの人もあまりに綺麗で自分が弾くのを忘れそうになったと言っていたのでたぶん私だけが思ったわけではないはず。
来年も是非とセンターの方にも言っていただいたし。(^^;)・・・

私は丁寧さというのは、こだわりすぎると、どこか小さくつまらないものになってしまうのでは??と無意識にも思っていた節があるようで、けれども実際に今回のような体験をするとああ、練習時間がとれなかった分とはいえ、無心になってとにかく丁寧に、というのはこんなにもスケール大きく、ダイナミックでかつ繊細なものを創ることができるのだなぁと思いました。

技術的には未熟な集団ではありますが、それでも自分が出来る限りの丁寧さで作り上げたものにはそれなりの味がある、そんないい体験をさせていただきました。

お招きくださったデイケアセンターの皆さまと聴いてくださった皆さまに心から感謝しております。


*本日もお読みくださいましてありがとうございました♪
by m_alchemia | 2011-01-08 18:31 | 日々の想い