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読み書きができるということは

今日は2回目の占星術の勉強の日。(^^)
月に1度なのでスローペースで進んでおりますが、内面を見つめる作業というのはヒーリング作用があるのが、何故かとても眠くなります。不思議。。。

夕方からはアジアに学校を建てる件で担当の方にお会いして話を伺いました。

ベトナム、ラオス、カンボジアというのは地理で習ったときから一緒くたになっていて
違いも分かりませんでしたが、その様子の違いなどを興味深く聴かせていただいております。

学校がないということも、字が読めたり書けたりしないということも
私には実感がなく、どういう感じなのかよく分かりませんし、1000人の村に10数人しか読み書きができる人がいないということが何を意味するのかもイメージがつかめません。

けれども読み書きというのは単に情報を伝え合うものではなくて、自分の思考を深めたり、想像性を働かせることにとても大きな役割を果たしているのだと伺ってなるほどと思いました。

抽象的な考え方をする。自分の将来についての可能性を広げていく。自分の思いを整理する。何かを創造していく。それらは文字を使うことによって成り立っているのだということを、担当スタッフの方も現地の人とのやり取りの中で感じ取ったというようなことをおっしゃっていました。

できれば寄付をするだけではなくて、実際にその場所に立ってみたいし、立ってそこでいろいろなことを感じ考えてみたいなぁというのが今の望みです。

今回5月10日のシルバーアーチより収益の一部をこの学校建設プロジェクトに当てさせていただくことになりました。皆様のご理解とご協力に心から感謝をしております。
by m_alchemia | 2009-04-30 20:40 | 日々の想い

自我を形成するということ

昨日の記事にコメントをいただいて改めて思い出したのだけれども
ある人から言われたことがある。

肉体に病気や症状としてサインが出ている場合は
肉体だけをみるのではなくて感情(心)の部分も含めてみつめることによってそれを治していく必要がある。

そして感情に問題がある場合には自我の力をみつめることによってそれを治していく必要がある。

さらに自我の形成に問題がある場合には、これは一人で治していくのは難しいと。

自我の形成には他人の力が必要だ。
しかし母親とか恋人といったパートナーひとりではおそらく支えきれないだろうと思う。
それができるのはコミュニティの力だとその人は言った。

私は高校まではあまり友人がいなくて休みの日は大抵家にいた。
大学にはいってサークルの仲間をもち、仲間として受け入れられるということは
嬉しいものなのだなということを初めて実感したように思う。

社会に出たとき就職した塾講師は仕事としては大変だったけれども
本当にいい仲間に恵まれた。一生のパートナーにもそこで出会った。

けれども私が自ら仲間を意識して、強く求めたのは30歳を過ぎてからのことだった。
無意識ではあったが、自我の形成をする必要をその年になってようやく感じたのだと思う。

子育てサークルや公園のママ仲間、PTAの役員を通じての仲間の存在、
フラメンコやマンドリンアンサンブルを通じての年齢層の広がりのある趣味仲間。
そしてもちろん「やすらぎの部屋」。

いろいろな人間関係に巻き込まれて大変なこともいっぱいあったけれども
他人から大切にしてもらうという経験を通じて、
あるいはコミュニティを大切にしようという経験を通じて
私は感情にいちいち左右されなくなったし、
泣きわめいてパートナーを困らせることもなくなった。

コミュニティ。小さい単位では家族であろうが、それが難しい場合は
その本人を受け入れてくれるコミュニティ(仲間)の力というのはとても大きいように思う。
それもバーチャルではなくて、実際に触れ合うことのできる仲間だ。

コミュニティの中で自分を育て、そして今度はコミュニティの一員として
そのコミュニティを支えることでさらに自我を形成していく。

コミュニティに支えられているという思い。
コミュニティを支えようという思い。

自分を愛するとはどういうことかという問題は
集団の中にいてこそ磨かれていくものなのかもしれない。


*本日もお読みくださいましてありがとうございました。
 今日はお休みをいただいて中華街~元町を散策してきました。家族そろって出かけるのは久しぶりのことで、楽しかったです。(^^)
by m_alchemia | 2009-04-29 21:50 | 日々の想い

正しい言葉を浴び続ける

「自分が好きなことをしなさい」
「自分を愛しなさい」
「見返りのない愛を提供しなさい」・・・

「あなたは守られているから大丈夫」
「恐れを手放すように」・・・・

セッションの中で、Rishがそう相手に伝えなさいといってくることがある。

こういう言葉はとても素晴らしいのだけれど、言われた相手からすれば
好きなことをしなさいって言われても、自分の好きなことが分からないとか
自分を愛せといわれてもどうしていいのか分からない、という気持ちになることだろうと思う。
感情的にパニックになっている場合は尚のことだ。

私自身もRishにそういわれたことがあって、
「そんなのどうすればいいのか分からない!」と心の中で叫んだこともあるが
そんなときRishは100%無言だ。

要求水準の高いことを言われるだけ言われて放り出されたようで、腹がたつ。

でもどうやってもRishからそれ以上の言葉をもらえないので
仕方がないから自分の中で悶々と考える羽目になる。

最近になって、実はどうやってそれを実現するのかはあまり必要がなくて
そういう言葉を「浴びる」ということそのものが大事なのだという感じがしてきた。

言葉による調律のような感じ。
あるいは言葉による魂の整体のような感じ、といえばいいのだろうか。

どこに行っても「自分を大事にしなさい」と言われるという人は
そういう言葉をかけてもらうこと自体が必要なのかもしれない。

だからそれを自分が実行できないからといって
自分を責めたり、あせったり、悩んだりする必要はなくて
ただ、「自分を愛そう」とか「自分が好きなことをしよう」という言葉を
自分に浴びせ続ければよいのだろうと思う。

そうするといつか、何かの加減で
自分の中の何かが変わる。

気がついてみたら、あれ?というようなふうに。

たぶん私はそうだった。
つまり、いろいろ考えたけれど結局いい知恵は湧いて来なくて
けれどももがいているうちに、いつの間にか自分の心理状態が大きく変わっていたように思うのだ。

「感情のコントロール不能状態にいくら理詰めで自分を説得しようとしても埒があかない。
そういうときはひたすら真理の言葉のシャワーを浴び続けることだ。」(by Rish)

奇跡のコース(ACIM)のテキストなんてまさにそういうものなのだろう。
シャワーというより洪水のような量の多さだが。(^^;)


*本日もお読みくださいましてありがとうございました。大型連休となりますね。楽しいGWをお過ごしくださいませ。
by m_alchemia | 2009-04-28 21:37 | 日々の想い

5倍の力

昨日まで読んでいた本というのは
勝間和代さんの「起きていることはすべて正しい」だった。

自分とは全く違う世界を生きる人というイメージがして書店で平積みの本をみても通り過ぎていたが、図書館に新刊が入ったので手にとってみる気になった。

ロジカルな人、というのは私の勝手な思い込みであったということが本を読んで分かったが
印象的だったのは
「私は本を書く5倍のエネルギーを本を売るために使った」とあったことだった。

今でこそビジネス書が置いてあるあたりには「勝間本」コーナーができるほどのベストセラーが続いているが、売れるための本の戦略を練るところから、本が出版されれば毎日書店を回って売れ行きを気にかけ、書評を積極的に人に頼み、ブログに紹介をしてもらい、書店でPOPを書き、サイン会を開き・・・・。

ああ、何ごとも自然に爆発的に売れていくということはないのだな、その裏には大きな努力があるものなのだなと当たり前のことなのだけれども感じた。

少し前に同時通訳の人の話を読んでいて、そこでも同時通訳のスキルを身につけるよりも、通訳者として自分を売り込むことの方が何倍も大変だったとあった。

通訳者として登録をしていても、未経験者に依頼がくることはほとんどなく
そのために会議があると話を聞けば主催者に積極的に電話をかけて、何でもいいし、ボランティアでよいからといって仕事をもらったと書いてあった。つまり自分を売り込むための営業である。

そうやってようやく手に入れた仕事で「成功」するために、今度は何十時間もかけて準備をする。ここで成功しないと次の仕事は二度と来ないからだ。

同時通訳ほどのスキルがあれば、仕事なんてすんなり決まるのだろうと思いきや
どんな世界でも、またどんなスキルがあっても
泥臭い、地道な作業を皆必ず通っているのだな、と思う。

ヒーリングを仕事にしたいという場合もやはり同じことがいえる。
ヒーリングで食べていくのはなかなか難しい、という声はよく耳にするし、その通りだと思うけれどもヒーリングのスキルを身につけたその5倍のエネルギーで向かえば必ず何らかの道が見えてくるのではないだろうか。(お金ではなく、あくまでもエネルギーである)

私自身、エネルギーをかけなかったというだけでそこそこに終わったものがたくさんあるような気がした。
そういうものを「私には向いていないから」という理由でいくつも脇に追いやってきたような気がする。


そのことを教えてもらえたということで、勝間和代さんに感謝。


*本日もお読みくださいましてありがとうございました。
by m_alchemia | 2009-04-27 21:32 | 日々の想い

誰にでもできること

彼(コオ)と私は本の趣味が違うので、滅多に同じ本を読むことはない。
しかし、全く違う本を読みながら偶然にも同じメッセージに出会うということがある。

先日出合ったその内容とは「準備をしっかりとすること」であった。

私は以前Rishにこれを言われたことがある。
つまり予定を立てずに(立てただけで終わらせずに)、準備をしなさいということだ。

例えば講演の依頼が来たら、内容を決め、原稿を書き、何度も練習し、よどみなく話せるようになったら、今度はそれを他人に聞いてもらい(あるいは録音をして客観的にきいてみて)、さらにそれを手直ししていくといった具合。

そこまでする講演者は滅多にいないだろう。
けれどもそれができる人は必ず成功できる、と思う。

人の才能なんて特別な場合を除けば、皆似たりよったりだと私は思っている。
大切なのは「誰にでもできること」に誰にも負けないくらいの情熱をかけて取り組めるかどうか。
あるいは「誰にでもできる」けれども、誰もやっていなさそうなことに積極的に取り組めるかどうか、ということなのだと思う。

これはまた、人目を気にしていたらなかなかできることではない。

そう考えると私はこの「準備のしっかり度」がまだまだ甘いな、と思うのだ。
Rishに言われるのはその点なのだと今は理解している。


*本日もお読みくださいましてありがとうございました。
by m_alchemia | 2009-04-26 21:12 | 日々の想い

よりよいものを目指して

昨日、今日のセッションは偶然にもお二人とも約5年前にセッションをさせていただいてしばらくブランクがあった方でした。久しぶりにご予約をいただいて大変嬉しく思うと同時に、こういう嬉しさは何年も仕事を続けてきたからこそ感じられる喜びであるとも思いました。お申し込みをいただきましてありがとうございました♪

やすらぎの部屋にいらしてくださっている方は長いお付き合いをさせていただいている方がとても多いのですけれども、初めての方はもちろん、年に何回かお会いする場合でも数年ぶりにお目にかかる場合でも、どんな方であっても「ああ行ってよかった」と思っていただけるような時間にするにはどういう心構えでお客様をお迎えすればいいだろうかと、いつもいつも考えます。

またクラスであればフラワーエッセンスやタロットが全く初めての方もいらっしゃいますし、すでに仕事として活躍されている方もいらっしゃいます。そのお一人お一人に満足がいくものを提供していくには何を大事にしていけばよいのか。再受講をされる方がいらっしゃる場合は、その方に再受講をして本当によかったと思ってもらうために何か提供できるものはないだろうか。

クラスに来る方の中には気持ちが落ち込んでいる方もいらっしゃいますし、お仕事で疲れきっている中で足を運んでくださる方もいます。そういう方から、ああ、今日は休まないで「やすらぎの部屋」に本当に行ってよかったと言ってもらえるようなクラスを毎回開けるようになることが私が目指していくべきところと考えています。

今はまだまだそれが完璧とはいかなくて、いらしてくださる皆さまの優しさに甘えてしまったと自覚することもしばしばですが、これこそが私にとっても霊的修業だなぁと感じるのです。

でもありがたいことに、この修業はつらくはありません。(^^)
たくさんの人に支えられて、とても幸せな修業をさせていただいております。

このブログもそうですけれど、いろいろな方に読んでいただいて初めて成り立っています。
皆様に心からの感謝を込めて。ありがとうございます♪
by m_alchemia | 2009-04-25 21:47 | 日々の想い

いつだって自分から

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相手は自分の鏡。

鏡っていうのは鏡の方からは笑わないんだよ。

そうね。

だから笑顔を向けるのはいつだって自分の方から。(^^)




*本日もお読みくださいましてありがとうございます。週末は荒れ模様のようですね。
 外出をされる方はどうぞお気をつけて。
by m_alchemia | 2009-04-24 22:53 | 日々の想い

木々に思う

木々が芽吹いてきたかと思うと、あっというまに新緑に覆われた。
その勢いがすごい。

花びらが落ちたチューリップの鉢を片付けたついでにマユミの木の剪定をする。
これから夏までの間、何回かこの木によじ登り枝を間引く作業が続くんだわ。。。

我が家は毎朝花たちに水遣りをするのが彼(コオ)で、
伸びてきた枝を剪定バサミやノコギリで払い落とすのが私の仕事になっている。
去年はあまりにも大変なので、電動ノコを買おうと思い立ち、結局チェーンソーを買った。
これで今年の夏はずいぶんと楽になるだろう。(^^)

彼がまめに水遣りをしてくれるおかげで今年は本当にたくさんの花が咲いた。
こちらが気持ちをかけると、植物ってきちんと応えてくれるんだなぁ・・と彼。
私が花たちにかけるのは専ら「おはよう!」とか「ただいま!」などのあいさつばかりだ。

それにしてもこの季節木々の生長には目を見張るものがある。

こうして植物を見ていると
「生長しない方が難しいのだな」という見解にたどりつく。

きっと人間も同じなのではないだろうか、と。

私たちは少しでも成長しようと、どうすれば成長できるのかと日々考えるけれども
毎日を存分に生きるということをしていけば
知らず知らずの間に成長していくというのが自然なのだろうと思う。

ありのままに、宇宙の秩序に則って日々を送ることさえ心がければ
こんなふうに伸び伸びと育っていくのではないかしら。

そうでありたいな。
日々色濃くしていく木々たちを見ながらそんなことを考えている。


*本日もお読みくださいましてありがとうございました♪
by m_alchemia | 2009-04-23 18:32 | 日々の想い

満たされた状態

うすうす気づいてはいたものの、やはり、と思うことが一つ。

それは自分のモチベーションが下がっているような感じがするときに
ビジョンクエストや他のオラクルカードを一枚引くと、
大抵「すべてが満たされています」といった内容のカードが出てくるということである。

つい先日も同じようなことがあった。
「Fulfillment」。すべてが手の内にあって、成功がもたらされるとか、最高の満足などというメッセージがこのカードには含まれる。

そのカードの内容からイメージされるものと、
やや曇り気味の自分の実際の気分にギャップがありすぎていつも戸惑ってしまう。

要するに「満たされる」ということに慣れていないのだろう。

いつも何かが足りないという状態が子供のころから習慣づいていて
・・・それは欲しいものだったり、試験の点数だったりさまざまだが・・・いざ足りてみるとなんとも不安定というか、おちつかない。

こういう状態はなんだか、おなかがいっぱいになって意識が散漫になってやる気が起こらない状況に似ているなぁ、とも思う。

成功するとはどういうことなのだろう、
すべてを手に入れるということはどういうことなのだろう、
私は一体何を、どういう状態を求めているのだろう。

それは自分が思い焦がれてきた状況とは違うものなのかもしれないなぁ、と最近思う。
なんだかすごくおだやかで、おだやかすぎて調子がでない。(^^;)

何かをなし得たいという思いは明らかに一つの原動力となる。
では満たされた状態にあって自分を動かしていくものはどこに求めていけばいいのだろうか。

状態が一段落したときに、モチベーションが下がらないようにするには
どうしたらいいのかなぁ。。。

結局それに耐え切れなくて、無駄にたくさん仕事をしてしまうのだけれど、
そうするとどこからか「・・またいつものパターンにはまっている」と「声」がする。(^^;)

今の私のテーマの一つである。
by m_alchemia | 2009-04-22 22:29 | 日々の想い

一つの幕が閉じるとき

バレエの草刈民代さんの引退公演、エスプリを観にいきました。
美容院においてある雑誌でたまたまインタビュー記事をみつけて引退を知りました。
バレエ自体を観にいったのは6年ぶりくらいです。

Shall We Dance?の彼女がとても素敵だったこともありますけれど、
肉体大改造をして体の故障から復帰して40歳を過ぎてなお踊り続ける姿に
ある種の感動とあこがれを感じているところがありました。

今日の公演でも本当に美しく、また可愛らしく、
すばらしい踊りでしっかりと魅了されてきました。

エスプリ引退公演もあと3日。
私自身と年齢が近いこともあっていろいろなことを感じていますが、
思い切って観にいってよかったなぁと思っています。
by m_alchemia | 2009-04-21 23:55 | 日々の想い