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運動会

今日は小学校の運動会だった。普段週末は仕事を入れているが、運動会のある日だけは毎年休みをいただいてきた。おかげさまで6年生最後の運動会である。

「足の速い子供をもつと運動会が楽しみでいいでしょう?」とかつて母に言われたことがあるが、私自身は足がそれほど速い子供ではなかったので、その意味では私は母が味わえなかったものを経験させてもらっているんだなぁを桂を応援していて思った。

生徒数1000人を超える大所帯の学校で、その分運動会は本当に迫力がある。知り合いのお父さんお母さんもたくさん足を運んでいてお祭り気分。普段はメールのやりとりばかりのさらっとした人間関係がこのときばかりは距離感がぐっと縮まるような感じがする。今年は創立60周年PTA綱引きに桂の父親も参加して楽しんできた。

もっとも彼(コオ)は桂が幼稚園時代に父兄として参加した飛びつき綱引きで相手陣地まで引きずられて足を痛めたという「前科」があるので(普通は相手の陣地まで引きずられる前に手を離すものなんだが・・・笑)ちょっと心配したけれど、幸いにして怪我もなく楽しめたようだった。

明日からは10月。桂は一週間前に修学旅行も終えたばかり。「また平凡でおだやかな日が始まるなぁ~」とそれはそれでまんざらでもない様子。

私は定期演奏会に向けてギターの弦の張替えも終え、ようやく本腰を入れようかという気になったところである。
by m_alchemia | 2006-09-30 22:50 | 日々の想い

自由と責任、理想と「資格」

セッションで「自由にやりたいことと同じだけ、責任をもってやらなければならないこともある。だからまず、そのやらなければならないことをしっかりやってからでなければ、好きなことを自由にやる資格は得られないのではないか」というお話になりました。

確かに「やりたいこと」と同じ数だけ「やらなければならないこと」もあるように感じることがあるかもしれません。が、やりたいことは頑張った自分への御褒美に最後にもってくるのではなく、やりたいことを最優先にしてものごとを組み立てることは大切です。

そして、今の自分の「資格」に見合ったほどほどの理想をもつよりも、高い理想に見合った自分を創りあげることが必要な時期もあります。特に自分をステップアップさせるような大きな変化の時を迎えているときにはとても大切なことだと思うのです。そして実際理想を掲げるのにふさわしい「資格」などはありません。

人生における最高の結果を私たちは望んでいいのだし、そしてそのことと現実を見据えて日々を暮らすことは決して矛盾しません。だから好きなだけ願っていいし、遠慮はいらない、と私は考えるのです。
by m_alchemia | 2006-09-29 23:46 | 日々の想い

ペットにフラワーエッセンスを使う

このところペットにフラワーエッセンスを使っている、あるいは使いたいという方のお話をセッションやクラスでずいぶん耳にするようになった。
TVでも獣医さんがフラワーエッセンスを紹介していたということなので、その関心が高まっているのかもしれない。

ペットのためのフラワーエッセンスに関する本はもう大分以前に出版されていたが、実際に私が頻繁にペットの相談を受けるようになったのは、我が家でもミニチュアダックスを飼おうという話が出るようになってからだ。ペットを飼うようになって、そういう方たちの気持ちに共感できる自分が出来上がってきたからかもしれないと思っている。

先日ビビアンにペンデュラムでフラワーエッセンスを選ぶという初めての試みを行った。選ばれたフラワーエッセンスの中にはヘザーが含まれており、妙に納得した。

私はこれまで犬を飼ったことはないから比べることは出来ないのだけれども、それにしてもどこにでもついてきていつでも「しゃべりたそうな」気配が濃厚だったからである。まったく言葉が話せないのが不思議なくらいだ。(笑)

私はまだまだ気持ちを察してやれないけれど、ペットの心を分かってあげられるフラワーエッセンスプラクティショナーが今後増えていって、彼らがとても幸せに私たちと暮らしていけるようになったら本当に嬉しいなぁ、とヘザーなビビアンと暮らしながら思っている。
by m_alchemia | 2006-09-28 22:09 | 日々の想い

与える人

フラワーエッセンスに携わっていると男性性と女性性のバランスということによく出会う。もちろん私自身が持つテーマでもある。

私は自分の女性性に問題があるかもしれないとうすうす感じつつも、かといって自分のどこが女性的でないのか理解しかねていた。

が、先日カードリーディングで「あなたは与える人です」という文章に出会った。「与えることは男性性であり、受け取ることは女性性が担う部分」とあって、ああそういうことかとようやくそのことに合点がいった。

このメッセージをみたときに自分がいつも「私は何を人に与えることができるのか」「私は人に与えることができているのか」「どうしたらもっと与えることができるのか」ばかりを子供の頃から考えてきたことに思い当たった。

「個人的な成長と発展は、一方で個人的な努力をし、他方ではより高いレベルの霊的な力に身を委ねることで・・この二つが調和のとれた相互作用をすることで)実現されるものと思われます」(「エドガー・ケイシーに学ぶ幸せの法則」より引用)

人からも宇宙からもたくさんのものを受け取れる、受け取り上手な魅力的な女性になりたいと思う。それができるようになったら真の意味で与えることが上手な人になれるのかもしれない。

これまで私は、たとえばマザーテレサのようなたくさんの愛を与えてきた人の「与える」の部分にしか目を向けてこなかった。そういう人たちの「受け取る」部分に目を向けてみることはあまりなかった。

世界の半分しか見てこなかったのかもしれないな、とそんなことを感じている。
by m_alchemia | 2006-09-26 21:19 | 日々の想い

もっと高い価値観を!

この夏いろいろな物を買ったのだけれど、そのひとつにドリーン・バーチューのオラクルカードがある。先日フラワーエッセンスクラスでそのお話をしたら、全員が「持っていますよ!」ということだったのでその人気度に驚いた。

ドリーン・バーチューのオラクルカードはエンジェルカードもフェアリーカードも本当に美しい。
私が手元に置いているのはマーメイド&ドルフィンのカードである。
知人のところで数ヶ月あけて2回引かせてもらったときに2回とも「今は動く時ではありません」というカードが出て、そのあまりにも強烈なメッセージ性に魅せられてしまった。

自分のカードが手に入ったことが嬉しくてそれ以後何度も引いているけれど、不思議なことにカードは40枚以上もあるのに何度引いても出てくるカードが3種類しかない。そのうち圧倒的な確率で引いている(たぶん2回に1回は引いている、と思う)のが「あなたは自分が求めている基準よりも、とても低いところで満足してはいませんか?」というメッセージである。

私はこのカードを引くたびに、「目を覚ませ、眠っている場合ではない。自分の価値を引き上げなさい」と言われているように感じる・・・

暑いうちは思考が停止してものが考えられなかったが、涼しくなったらなったで本当に気持ちよく眠れる。ゆえにやはり「価値を引き上げる」ことについてきちんと考えられない。。。(苦笑)

縁あって手元においたオラクルカードからもらう度重なるメッセージ。今の私の最も気になるテーマである。
by m_alchemia | 2006-09-25 22:28 | 日々の想い

100万回生きたねこ

「100万回生きたねこ」(佐野洋子 作)の絵本が150万部を超えたとあった。

絵本は桂と一緒に本当にたくさん読んできた。生後6ヶ月くらいから、小学校低学年まで毎日寝る前に読んでいた。旅行に行く時でさえ数冊の絵本を持っていっていたので、本当に1年360日くらいは読んでいたように思う。

「はじめてのおつかい」や「かばくん」、「ぐるんぱのようちえん」などなど。「ぐりとぐら」にいたってはぬいぐるみまで作った。

別段教育熱心だったわけではなく、近くの図書室でいくらでも借りられたためお金も手間もかけずに桂と遊びたい私としては好都合だったのである。

公民館の図書室には本当にお世話になったが、もうひとつお世話になったのが「こどものとも」である。一冊380円くらいでずっと定期購読をしていた。毎月一冊絵本が届く。桂にとってはそれが自分宛に届く唯一の郵便物だったので、それだけで大喜びだった。

定期購読のよさは親の好みに関係なく絵本が届くことだ。私が好きになる絵本と桂が夢中になる絵本が全くといって良いほど違ったので、そのことを通じて桂がどういうタイプの子供であるかをずいぶん理解できたように思っている。子供を育てるのって本当におもしろいなぁとそういうことからも感じたりしていた。

そうやって数百冊の絵本を読んできた中で、二人で大好きになった絵本、さらにその中でも特に好きだった本が「100万回生きたねこ」だった。桂はこの絵本が本当に大好きだった。

私はいつも桂の中でこのねこの愛がどんなふうに広がっているのだろうと思っていたのだった。

新聞の記事を見てなんだかとても懐かしくなった。

・ ・ ・
9月27日(水)スタートのフラワーエッセンスクラス(10時クラス)にキャンセルが出ております。
by m_alchemia | 2006-09-19 22:02 | 日々の想い

定期演奏会

湘南マンドリンアンサンブルの定期演奏会があります。

普段あまり耳にしない音色かもしれません。マンドリンって透明で繊細で、且つ迫力のある音色だなぁと私は思うのですけれど、いかがでしょう。ちなみに私はマンドリンでなく、ギターを弾いております。

10月21日(土) 藤沢市民会館 小ホール(JR藤沢駅 徒歩10分)
           開場13:30  開演14:00

入場無料です。

合奏をしていると、その曲を抱きしめたくなるような感覚になることがあります。ピッタリと息があって本当に美しいなぁ~と思うときです。形がなくて、もちろんどんどん曲は変化していってしまうので無理な話ですが、だからこそいとおしさが強まるのかもしれません。

そんな瞬間が演奏会当日にも味わえたらいいな、と思っています。
一年間の練習の集大成ですので、よろしかったらいらしてくださいませ。
by m_alchemia | 2006-09-18 23:09 | 日々の想い

体をあたためよう!

体が大分冷えてますね、とヒーラーに言われた。
このところ下半身がだるくて仕方がなかったのだが、ああやはりとちょっと反省。

「朝起きると首と肩がバリバリ音をたてるほど凝ってるんですけど・・・」といったら、

「窓を開けて寝てない?」と言われてしまった。

この夏はタリーズのアサイーバナナヨーグルトにすっかりはまってしまい、めずらしくフローズンな日々を過ごしていたことや、暑さにかまけて体を動かすことをためらっていたこと、湯船につからずほとんどシャワーで過ごしていたことも大分影響したらしい。

「暑いからね、冷たいものを飲んだり食べたりしてもいいんだけど、その後できちんと体を温めないといけないんですよ」

というわけで本格的な寒さがやってくる前に対策をねらなければ!と思っているところである。

食べ物で体を冷やさない。しょうが紅茶やハーブティーで体を温める。ローズマリーやゼラニウムなどのエッセンシャルオイルで水分の滞留を改善する。下半身をしっかり動かす。そして当然だけれど服をちゃんと着る(笑)。。。。

なんだかんだと知識だけはいろいろと持っているので、夏が終わったこの時期、お肌だけではなく、体全体のメンテナンスに少し気持ちを向けていこうと思っている。が、しかし最大の敵は何といっても「面倒くさがりの私」である。

望むところはこの冷えが解消されて、さらに「面倒くさいことは必要なことでもやりたくない」というやっかいな性分とも多少なりとも別れることができるということなのだけれど・・。手ごわい。(笑)さてさて、どうなることでしょう。
by m_alchemia | 2006-09-13 21:01 | 日々の想い

自立ってなんだろう?

自立ってどういうこと?と桂に聞かれる。

ちょうど数日前に私も考えていたことだった。

桂はどんなことでも自分で出来て、それからすぐに泣いたり、すぐに怒ったりしないことだと思うといった。

私は自分で自分のことを愛せること。自分で自分を認めてあげられるようになることが自立、すなわち自分で立つということではないかと思った。

ちなみに彼(コオ)に聞くと、「安心して依存ができること」と答えてくれた。え~!難しいよ。。(笑)

自分と他人を分けるという前提があるから、依存がいけないものになってしまう。他人に依存することに恐れが生じる。何でも自分でやらなければいけないという考え方も自分と他人を分ける考えの上に成り立っている。

自分と他人を分離しない世界を前提にしたら、自立の定義は全く違うものになる。

桂ももう少し考えてみるらしかった。

私も引き続き考えてみようと思った。
by m_alchemia | 2006-09-11 22:15 | 日々の想い

好みと価値観

電車の中で広告を眺めていた。「九州」という字を眺めながら、なんて形のとれた美しい字なのだろうと感じていた。漢字って綺麗だなぁ。

以前書いたことがあるかもしれないが、「美」という字をそこに来ていた人たちに書いてもらい、その字を一斉に貼りだして、どの字をもっとも美しいと感じるかということをやったときに小学生も大人も、普段漢字にふれることのない外国人であってもそのほとんどが同じ「美」という字を美しいと感じるということが書道家の人の本に書いてあった。

「美」という漢字の均衡、伸びやかさ、勢いなどに無理のない形というものがあるのだろう。

こういう話を聞くと、人が美しい、心地よいと感じるものや本当に求めているものには実はそれほど違いがないのではないだろうかとも思う。

最近は「人にはいろいろな価値観があるから」という理由でお互いが歩み寄ることを避ける場面も増えてきたけれども、その価値観をさらに一歩踏み込んでよくよく聞いてみれば意外にも同じこと、つまりは「人はもっと愛されるべきだし、私という存在はもっと理解されていいはずだ」という共通の気持ちに行き着くことも多い。いろいろな価値観といっても根ざすところは同じなのだなぁと思うのである。

もっとも人の好みはさまざまである。関心ごとだって、取り組み方だってたいていはその好みを反映しているものだ。日によっても好みはころころと変わっていく。しかし好みと価値観は同じではない。人が目指す理想の形には好みの差こそあれ、それほど価値観の違いはないのではないか、と思うのである。

「九州」をみて電車に揺られながら考えていたことはそんなことだった。美しいものを素直に美しいと思える感性を、それを生きていくことの勇気と忍耐力を常に持ち続けていきたいと思ったのだった。
by m_alchemia | 2006-09-07 19:01 | 日々の想い