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夏休みが終わる!

気がついたら8月も最後になっていた。
何だか夏が始まるのが遅かったせいか、今もって頭が秋を感じられずにいる。日が短くなり、虫の声を聞くようになってむりやり秋を納得させられているような不思議な気分だ。

夏が終わる前に埜庵(のあん)のかき氷を食べに行かなくては!(去年も同じことを書いていたな。苦笑)

明日からは9月。毎年9月1日にお財布を新しくすることに決めている。昨年はその前に立派なお財布をいただいて2年間持ち越しで使ったので、今年はすでに用意して明日に備えている。

お財布をいつ変えるのが良いかについてはいろいろな議論があるようだけれど、私はある方から9月1日にと言われて以来、その通りにするようになった。その方は神仏に深い心を向けていて、且つ仕事でも非常に成功をされている方で、「美保ちゃん、お財布はね、毎年9月1日に変えるととっても豊かになるんだよ~」と言ってくれた。もっとも1日とはかぎらず10月の初め頃までに変えればいいようだが、私はできるだけ1日に、と決めている。

今年もお財布の話題になって、別の人から「新しいお財布にしたときにはお金を多めに入れてスタートさせるとそれがお財布にとっての当たり前の状態になるらしい」という話を聞いた。「だから絶対2000円とかで始めたりしちゃだめだよ。別にいっぱい入れても使わなくていいんだからさぁ。」「はい」(笑)

お財布の話は色や形、変える時期その他もろもろ興味深いものが多く、普段めったに話さないがひそかに個々人が信じていることがあったりして、結構楽しい時間が過ぎていく。

さて、今年は中身を多めにして少しリッチな気分で始めてみましょうか。
by m_alchemia | 2006-08-31 21:49 | 日々の想い

今日も暑かった!

愚痴を言いたくなったら言ってもいいんだよ。大切なのは愚痴を言った後に自分は何をしていくのかっていうことだよ。

と横で彼がいう。

そうかぁ。愚痴は言ってもいいものなのかぁ。。
私はどこかで愚痴は言っちゃいけない。泣き言なんて言っちゃいけない。そしてとにかく頑張らなくちゃという思いが常にある。それは愚痴を口にしたらそれで体から力が抜けてしまって立ち上がれなくなってしまうような気持ちがあるからかもしれない。

私はギリギリのところまで自分を持っていってそこで踏みとどまるのが結構好きだったりする。そんな自分も知っているのだが、ほどほどということも同時に知らねばならない年頃(?)だろう。

話は変わるけれど、この間、講義で午前中から夜までしゃべりすぎて途中でろれつがまわらなくなった。仕事でろれつがまわらなくなったことは初めてだ。(もちろんお酒でまわならくなったこともないが。笑)

ちょっと休息が必要かな、と思う今日この頃。
by m_alchemia | 2006-08-29 22:15 | 日々の想い

人間と竜が共に暮らす時

桂とゲド戦記を観にいった。私は原作の「ゲド戦記」とは初めから別の作品と考えて観た。作品の評判もいろいろと耳に入ってはいたけれど、結果から言うとなかなかいい映画だった。桂もおもしろかったね!と言っていた。

すべて森羅万象は均衡の上に成り立っていること。

生と死が循環されることで命は初めて永遠となるのだということ。

地水火風の四大が統合されるところに本当の力が生み出されるということ。

そしてこの映画のテーマである「影」。不安を恐れず、自らが影を統合することで本来の魂が輝きを増すのだということ。

会話ひとつひとつに無駄がなく、すべてが象徴的な意味を含んでいるように思えて味わい深いものがあった。

こういうつかみどころがないテーマを優しいタッチで、優しい響きの歌と共に描ける才能を素晴らしいと思う。

私がゲド戦記を観に行こうと決めたのは駅にあったポスターだった。
きちんと文章を記憶はしていないけれど「魔法はその効果を期待するものには使うことができない」というようなことが書いてあった。魔術を使うものの心得というものを考えさせられるような文章で、立ち止まって何度か読んだ。

ヒーリングもある意味で「魔術」である。
「千と千尋」や「ハウル・・・」のような鮮やかさはないし、「もののけ姫」のようなスケールの大きさにも欠けるけれど、私にとっては十分いろいろなことを感じることができた映画だった。
by m_alchemia | 2006-08-25 22:41 | 日々の想い

ほんの小さなことが

d0011725_21302542.jpg3日間避暑に行っておりました。そのうちの一日を友人とその娘さんと一緒に軽井沢まで足を延ばしました。

もう一度行きたいと思っていたセゾン現代美術館(ここは本当に気持ちのよい空間です。お散歩にはぴったり!)とアウトレットの散策を楽しみました。アウトレットはゴルフ場だった場所に出来ているので広々とした芝生の緑が心地よく、な~んにも買わずとも(!)十分楽しめるところでした。

ところで久しぶりに写真をUP。写真を撮ること自体に飽きたわけではなかったのですが、撮った写真をPC上にどのように整理して良いのか分からず少々溜息ものになっておりました。

この写真は携帯のカメラで撮ったものですが、今度はそれをどのようにしてPCに移してそれを縮小して良いのか分からず・・・といった具合です。今回は彼(コオ)に頼んでやってもらいました。

そもそもデジカメのシャッターの所在が分からないような人間が扱っているので、何をやるのもいちいち時間がかかって一苦労です。よく頑張っているなぁ、自分。(苦笑)

しかし、人間というものはこんな些細なことが意外に大きなストレスになってやる気を殺いでいくのですね。侮ってはならないなぁと思いました。散在しているデータを整理したら、またデジカメをもって外へ出ようと思っています。
by m_alchemia | 2006-08-24 21:47 | 日々の想い

知らないことはありがたい

昨日オコゼについて調べたことを書いたけれども、インターネットが出来てから簡単な調べものならあっというまに出来るようになって本当にありがたいことと思っている。

タロット大学での打ち合わせでよく話題になるのが、版書する際の漢字とその書き順だ。あるいはすでに知識として持っている神話の内容だったりする。

こういうものは自分では「知っている」つもりになっているので、あえて調べたりすることはない分ミスも多く発生する。

「えっ!この漢字ってこの部分突き出ないんですか!」
「エロスはゼウスの子供ではなかったんでしたっけ?」

といった感じだ。こういう誤解を打ち合わせの段階ですべてクリアにして毎回本番に臨むことになっている。

このような経験を通じて思うことは知らないことは楽だなぁ・・ということだ。だって、本や辞書をもってきてただ調べればいいのだから。すでに知っている漢字は辞書で調べるのは難しい。思い込んでいる事実を一から本を読んで勉強するのもまたしかりだ。だからいつまでも間違えたままで訂正される機会を持たなくなってしまう。大人になって人から指摘を受けることが少なくなればなおさらだ。

だから最近は「自分が知らない」ということをあまり恐れなくなったし、恥ずかしいとも思わなくなった。むしろ知らないことに出会ったら、中途半端でなんとなく分かったふうな気持ちにならずにきちんとした資料をもとに、そしてきちんとした知識を持っている人のもとで正確に知ることを心がけようと思うようになった。それは一見時間がかかるようではあるが、長い目でみればその方がはるかに近道であるからだ。

その意味ではインターネットでの情報は、私が何気なくここに書いているものも含めて必ずしも正確に書かれているわけではないということも承知していなければならないのもまた事実であるが・・。

一度「知った」ことを再度調べることほど難しいことはないと痛切に感じるからである。

*9月開講のフラワーエッセンスクラスの水曜日のクラスにキャンセルが出ております。
by m_alchemia | 2006-08-21 09:45 | 日々の想い

痛!

朝、庭に水を撒き、神棚に添える榊を切ろうと手を伸ばした途端にビリビリと電気が走るような痛みが左手を襲った。あっ!と思ったときには遅く、綺麗な緑色をした虫に刺された後だった。

あまりにも痛みがひどかったため、ファイブフラワーを飲み、ファイブフラワークリームをつけ、そしてさらにハイペリカムのホメオパシー薬を飲んでタロット大学に向かう。

行った先でそのことを話すと「それはきっとオコゼよ。あれに刺されるとすっごく痛いのよね~」ということだった。

初めて聞く虫の名前だったが、オコゼというのはイラガの幼虫らしい。いろいろと調べてみると10センチくらいに赤く腫れて痛みがひどいのが数週間続くと書いてあった。

しかしフラワーエッセンスとホメオパシーのおかげか腫れはまったくなく、たまにチリチリと痛むだけですんでいる。こういう薬たちがそばにあって本当によかったと、今日はほっと胸をなでおろした。

オコゼに刺されたことは災難だったけれど、そのことでオコゼのことを知ることもできたし、榊には注意をすることも覚えたし、またフラワーエッセンスやホメオパシーの力も再認識できたという意味では、今日もまた非常にラッキーな、ひとつ勉強になった一日だった。
by m_alchemia | 2006-08-20 22:37 | 日々の想い

またしても思い込み

タロットカードの隠者の足元に描かれている本はたくさんの本が積み上げられているのではなく、一冊の大きな本であるらしい。私の頭の中で、「多くの智慧を内的に積み上げている」ということと「たくさんの本を積み上げている」ということがどこかで混同してしまったようだ。

そのことをタロット大学で一緒に講座に入っている人に指摘された。自分できちんと理解していたつもりがどこかで間違えてしまってそのままになっているということがあるんだなぁと気づけてよかったと思っている。

そんなことがあった帰り道、有楽町の駅前で「ビック カメラ」の建物が目に入る。あれっ?ビックってビッグじゃなかったの??私は今までしっかり「BIG」だと思っていたが、よくみたら「BIC」と書いてある。

ネットで調べてみたら以下のように書いてあった。

「ビック(bic)」とは英語の方言で「(外見だけでなく中身も)大きい」の意である(元はbig)。創業者の新井会長が、バリ島を訪れた際に現地の子供たちが使っていた「ビック、ビック」という言葉に、「偉大な」という意味があると聞いて社名に使った。

・・・

今までまったく気づかなかった!
今日はそんな思い込みに気づかされる、とっても新鮮な感動のある一日だった。
by m_alchemia | 2006-08-19 23:13 | 日々の想い

墓参り

暑い。子供の頃はそれでもそんなうだるような暑さが夏らしくて好きだったけれど、最近はうっとうしい以外の何ものでもなくなった。

お盆に子供の頃によく行っていた福井の父の実家へ墓参りに行ってきた。いわゆる田舎のおじいちゃん、おばあちゃんの家である。墓参りはここ数年ずっと行きたいと思っていたので念願かなってよかった。

子供の頃は楽しいと感じることがたくさんあったように思う。
蚊帳の中で寝ることも、池の鯉に餌をやることも、従兄弟たちと家の中でかくれんぼをすることもいろんなことが楽しかった。

30歳を過ぎてからはただ何かをするだけでは喜びが感じられなくなったように思う。体験そのものよりも知ることの方が喜びが大きくなった感じがする。それは言い換えれば昔は漫然と生きていても、そこに新しい刺激があればそれでよかったように思うのだけれど、今は自分の中に問いかけがあってそれに答えが得られたときに初めて喜びを感じられる。そういう風に自分の中が少しずつ変わってきたんだな、と思う。

今回も久しぶりに福井へ訪れてそのことを感じた。
さて、これから私はどんな問いを立ててどうして生きていこうか。

暑さであまり動かない頭でぼんやりと考えている。
by m_alchemia | 2006-08-17 21:56 | 日々の想い

夏休み

昨日から桂が実家に泊まりに行っており、家には私と彼とビビアンのみ。彼と二人で感じたことはなんだかすごくゆったりするなぁ・・ということでした。

それほど自覚がないにしても二人とも親としての責任を日々しっかり感じながら過ごしているということでしょうか。子供がいない方がいいということではなく、桂がいない我が家というのはもちろん考えられないけれども、それとは別としてすごく楽で自由だということもまた事実だと今回は素直に実感しています。

私は結婚して家を出るまでとても厳しく両親が育ててくれていたように感じていて(妹はどうだか分かりませんが)、両親に感謝しつつも正直なところそのことに窮屈さも感じてきました。けれども、両親も同じくらい子供(私と妹)がいることで窮屈な思いをしてきたんだろうということに今日初めて思いが至りました。

改めて本当にありがたいことだったと感じています。

それにしてもこんなことに今頃気づくなんて。。未熟な私には子供を育てることで学ぶことがたくさんあります。
by m_alchemia | 2006-08-12 20:44 | 日々の想い

ひとつのことを自分のものとする

「最も心惹かれるひとつの事を見つけ、それを実行することです。それが呼吸のように自然になるように、ミツバチが蜜を集めるのと同じほど自然になるように、木が秋に枯葉を落とし春に新芽を吹くのと同じほど自然になるように、ひとつのことを自分のものとするのです。

自然界を調べれば、鳥、木、花など、どの生物も決まった役割、決まった仕事を果たして、それを通して世界を助け、豊かにしていることが分かります。」

以上はフラワーエッセンスを体系付けたバッチ博士の残している文章の一節である。

ちょうど前に書いた記事と重なっていたので目にとまった。

努力が要らず、楽で、喜びがともなうほどに自分に適しているそのような仕事に出会うためには「私たちは他からのどんな支配も受けてはなりません。他からの支配を受けた時、私たちは魂の声が聞こえなくなってしまいます」とバッチ博士はいう。

そうはいってもねぇ・・・としり込みをする小さな小さな私。他からのものとはどういうものをいうのだろう。家族?世の中の常識?あるいは自分の中で常にささやきかけてくる低い自我?あるいはそれらすべてを含むものだろうか。

でもバッチ博士はその通りに生きた人だった。恵まれた医者の安定を捨てて未来の治療薬を探す旅に出た人だった。その勇気は本当にすごいものだと思う。そして今私たちはそのバッチ博士の勇気の恩恵を受けている。

「求め続ければ、その求めが安らぎを与えてくれます。魂は忍耐強く私たちを待っているのです」

(引用は「フラワーレメディーズ ウィズダム」より)
by m_alchemia | 2006-08-08 21:37 | 日々の想い