<   2006年 05月 ( 14 )   > この月の画像一覧

「花」

d0011725_19572625.jpg
花びらのように散りゆく中で
夢みたいに 君に出会えたキセキ
愛し合って ケンカして
色んな壁 二人で乗り越えて
生まれ変わっても あなたのそばで 花になろう


朝起きたら、ORANGE RANGE のCDがかかっていた。何気なく歌詞を口ずさんだら、涙がこぼれおちた。


      愛することで強くなること 信じることで乗り切れること
      君が残したモノは今も胸に ほら輝き失わずに・・・


知人が亡くなって2週間、そのことに関わる本当にいろいろなことが私の内で、あるいは外で起こって、結果的にそれらのできごとに一つひとつ向き合いながら時を過ごしてきた。ここ数日は訳の分からない不安がぬぐえずに、私にしては本当に珍しいことだが、緊急用のレメディであるファイブフラワーのフラワーエッセンスの大瓶を机の脇に置きながら仕事をしていた。


      花びらのように散ってゆく事
      この世界で全て受け入れてゆこう
      君が僕に残したモノ
      「今」という現実の宝物
      だから僕は精一杯生きて 花になろう・・・


一旦涙がこぼれたら、本当に何かが壊れてしまったみたいだった。
桂が横で、「ママ、どうしたの?この歌、嫌いなの?」と心配して声をかけてくれたけれど、もう、何をどうしてもとまるものではなかった。

たとえ何があったとしても、それを理由に感情をとめることはできないんだということ。

そしてどんなに過去に悲しいことや辛いことがあっても、それが今を幸せに生きられない理由にはならないこと。


     まだ歩けるだろう? 見えてるんだもう
     ‘想い’時を超え 永遠に響け
     君の喜び 君の痛み 君の全てよ
     さぁ 咲き誇れ もっと もっと もっと・・・


1時間ほど、この曲を聴き続け、歌い続け、泣き続けたころに仕事の電話が鳴った。7月から始まるタロットクラスの問い合わせの電話だった。

「それだけ泣いたんだからもういいだろう?」とどこかから言われているような気がした。(笑)

今日は初夏を思わせるような本当に気持ちのよい一日だった。私はたくさんの人に愛されているんだなぁと実感できた一日だった。

生まれ変わっても会いたい人は「君」だけじゃない。あの人にも、あの人にも、皆に会いたいなぁ。そう思った一日だった。
by m_alchemia | 2006-05-30 20:29 | 日々の想い

うどん

赤坂での仕事を終えて帰宅したら、桂が白い塊と格闘していた。

「けいくん、何やってるの?」

「うどん、作ってるの。」

「!」

どうやら「生活探検大図鑑」に載っていたうどんの作り方をみて、自分でも作ってみようと思い立ったらしかった。私も本を見てみたら、最後のところに「かまぼこ板に合わせて長さをそろえ、適当な太さに切ります」と書いてある。

「かまぼこ板、どうしたの?」

「えっと、スーパー行って、おこづかいでかまぼこ買って、それでひとりでかまぼこを全部食べた。」

はぁ~。それはすごい・・・。(笑)

なかばあきれてみている私を尻目に、桂はおかしいなぁ・・粉の分量間違えたのかなぁ・・・といいながら一生懸命こねている。

黒いジーンズに、黒いTシャツといういでたちでやっているものだから、なんだか7匹のこやぎに出てくるオオカミが間違えて全身に粉をふりかけちゃったみたいになっていた。

とうとう、どうやってもうどんにはならなかったらしく、「一見簡単そうにみえても、実際にやってみると難しいものなんだね。手打ちうどんを実演している人ってすごいんだね。」ということを学んだところで昨日は終了した。それでも、強力粉ってなに?へぇ~、小麦粉にもいろいろあるんだね~。何に使うの?とそれなりに学んだことは多かったようだ。

かまぼこ板はとっておいて、今度は時間を見つけて二人で挑戦しようということになった。せっかくだからおいしい出しをとってつゆを作って食べてみようかな、と思っている。
by m_alchemia | 2006-05-29 10:06 | 日々の想い

創造の卵

桂がアトリエで半年かけて作っていた作品を昨日持って帰ってきた。
30×40cmくらいの家である。

2階建てで、大半は木で出来ていて、瓦は一枚一枚焼いて作ってある。外壁も実際の家のように丁寧に塗ってあり、部屋の中にはクロスがはってあった。キッチンや机、パソコンやパソコンのマウスなど一個一個作ってあり、決して緻密とはいえないが、嬉しそうに一つひとつを説明してくれた。

楽しかっただろうなぁ。

確かにこれは自他共に認める大作だ。

家においておくスペースはないのだが、すぐさま壊すのはさすがにもったいないので、とりあえず実家に預けることにした。

工作が大好きな彼にとっては、こうした作品を創れる環境があることがとても恵まれていると思う。学校の図工では○時間で作れるもの、というように製作時間に限りがあるし、家で作業をするには材料が限られる。

(とても瓦を一枚一枚作って焼くなどといった作業はできないし、電動ノコギリも使わせることはできない。だいたい半年も未完成のものを置いておく場所がない。そういえば2年生のときに漫画の三国志を読んで感動し、ダンボールで魏と書いてある旗と兜と馬を作っていた。あの時は部屋の半分を占領されて寝るのに苦労した。部屋に新聞紙でテントを作ったときも大変だった。桂が学校へ行っている間にダンボールを処分しても、また帰りに拾ってくるのだ・・・笑)

他人の意図が最低限しか働かない場所で自分をどう表現し、楽しむか。
私は子供の時、そういうことがとても苦手だった。
人に言われたことをやるのは確かにおもしろくはなかったが、言われたことだけやっていればいいという安心感もあった。好きにしていい、というのが実は一番苦手だったのだと思う。

その傾向、つまり「期待されれば頑張れる」という傾向は未だに強いのだけれど(苦笑)だからこそ私にとっての桂の存在はとても新鮮で、とても大きい。

桂が作ってきたのは決して目に見えるだけの「箱」ではない。そこにあるのはさまざまな可能性であり、桂のビジョンであり、創造の卵なのだ。そう思ってこのハムスターの家のような作品を眺めている。
by m_alchemia | 2006-05-28 11:35 | 日々の想い

ギフトの受け手として

今年は年明けから家族や身内がなくなったという方のセッションが続いている。セッションの一大テーマとなっているかのようだ。

それと同時に「結局私はひとりなんだ」という孤独感とどう向き合っていくかということが話題に上ることが非常に多いこの数ヶ月でもある。

私はよく「夫婦でこういう仕事ができていいですね」と言われることが多い。確かにその通りでその恵まれた状況に感謝しているけれども、たとえ二人で仕事をしていても個々の内的な旅はやはり孤独で地道な作業であることには変わりはないし、いつでも燦々と光輝いているわけでもない。

結局のところ孤独を受け入れる気持ちがしっかりと固まるかどうかが人生におけるとても重要な点になるのかもしれない。

亡くなる人は一人で旅に出る。その人が旅に出る際に最期にくれるギフトは強烈な愛に包まれたメッセージとして私たち一人一人のもとに届く。私はその受け取ったギフトを今後どう生かし、どう還元していかれるのだろう。今年はそんなことばかりを考えていた。

帰宅したら、大学時代の知人の奥様がなくなったという連絡がきた。小さいお子さんを二人残して、ということだった。

何よりも私自身が「おまえはどう生きていくつもりなのか」と真正面から問われている。そんな気がしている。
by m_alchemia | 2006-05-25 22:21 | 日々の想い

「結婚と恋愛くらい違う」

d0011725_20243683.jpg週末土日は銀座のタロット大学で初級コースに入っておりました。毎回必ず受講者どうしでリーディングの練習も行うのですが、その際によく出てくる質問に「ヒーリングの仕事で食べていくことができるかどうか」というものがあります。

ヒーリングの内容は質問者によってさまざまですが、今回も数名の方から同じような質問がされていました。その際に教授より提示されたコメントは「プロになるのか、趣味の延長でお金をもらうのかは全く違います。単なる興味本位だけではプロにはなれないし、相手の人生に関わってくる問題を引き受ける覚悟を身につけるには興味だけでは難しい」ということでした。

たまに、そういったことを話している最中に教授と目が合ってしまうと私自身が諭されているのだという厳粛な気持ちになります。

受講者のお一人は「そうですね。ヒーリングをプロとしてやっていくのか、趣味の延長でお金をいただくのかは結婚と恋愛くらい違うということですね」とおっしゃっていました。私にとってもいろいろと学ぶことが多い時間です。

・ ・ ・

この週末はやすらぎの部屋にご縁をいただいていた方の御葬儀がありました。参列は彼(コオ)だけが伺う形になりました。タロット大学での自分の講義分だけを終えて抜けることは可能でしたが思うことあってそれはやめ、最後まで講座に専念させていただきました。昨日講義を終えて、多分講師となって初めてめったに褒めない教授から「今日の講義は本当にいい出来だった」と声をいただきほっとしています。

悲しみも喜びも胸のうちにはたくさんありますが、それらに蓋をすることなく、そしてそれらに引きずられることなく淡々と自分のすべきことにエネルギーを注いでいくことだと自覚しています。

最後になりましたが、心から御冥福をお祈り申し上げますと共に、御家族の皆様にはどうぞお心強くあってほしいと願ってやみません。

その方からはたくさんの愛をいただきました。本当にありがとうございます。
by m_alchemia | 2006-05-22 21:43 | 日々の想い

慰問演奏会

d0011725_2141350.jpg今日はケアセンターから依頼を受けて久しぶりにマンドリンの演奏会に出かけました。30人ほどの入所のご老人、それに職員とボランティアの皆さまに演奏を聴いていただきました。

今回は美空ひばりの曲から泣かせるギターソロも弾かせていただき、また月の砂漠やふるさと、炭坑節などは思い思いに口ずさんでいただいて、楽しい楽しい演奏会でした。

いつも思うのですけれど、1曲10分を超える大曲と同じくらいの丁寧さ、真剣さでこれらの曲を演奏する時、本当に会場の空気が一つになります。

特に今日はこのところのお天気もあって楽器が鳴らないため、私なりに朝からかなり弾き込んで本番に臨んだこともあって充実したアンサンブルになったと自己満足、自画自賛(笑)。

今回、職員の方からは、もしかしたら(認知症の方も多いので)最後まで聴くということができないかもしれませんが・・・というお話でしたが、結局盛大な拍手とアンコールをもって最後までにぎやかに演奏させていただくことができました。(場合によっては帰れ!という野次が飛ぶこともあると別の施設では伺いました。職員の方もご苦労が多いようです)

定期演奏会も大好きなのですが、こういったほのぼのとした心の交流は毎回終わったあとで気持ちが本当にあたたかくなります。ボランティアといいながら元気をいただいているのはこちらの方かもしれません。
by m_alchemia | 2006-05-18 22:02 | 日々の想い

進化するストレス

月に一度定期的にお世話になっているヒーラーのところへ行った。これといって問題があるわけではないのだけれど、体のメンテナンスのために出向いている。何かサインがあれば私に自覚症状があってもなくても調整をしてくれるのでありがたい。

桂も歯の矯正をはじめたあたりから、遠隔でずっとヒーリングをお願いしている。この一ヶ月ほどずっとあごにストレスのサインがでているね、とのこと。原因は矯正が半分、そして日常の生活が半分だろうという話になった。

「昔は、子供ってそんなにストレスがかかっているなんて思っていなかったけれど、実際お子さんをヒーリングする機会が増えてみると、実はすごいストレスがかかっていることが分かってきたんですよ」

あごにかかるストレスとは何かをがまんしている、ということ。それは私も理解している。春休みから塾に通うようになって、宿題の量が多くなり、テストで順位が明らかになることの精神的プレッシャーと生活のリズムの変化についていけない様子が明らかだったからだ。慣れるのに一年はかかるだろうという点で、予定通りではあるものの、彼自身がこれをどうやって乗り切っていくのだろうと見ている側もいろいろと思い、考える。

ヒーラーは「人間も進化しているけれど、それにあわせて病気も進化しているように感じています。たとえば漢方薬が作られた時代にはメールやインターネットのストレスから来る病気は想定していないでしょ。アレルギーもどんどん進化していて、僕がみていても原因がつきとめられないものも出てきている。病気そのものがどんどん複雑になっているんですよ。だから昔には必要ないと思われたような過度なケアも今は心がけています」と言っていた。

桂のストレスに私自身が母親として向き合っていく際にも、自分が子供だった頃を基準にして判断してはいけないのかもしれない。私のときはこうだった、ではなく純粋に桂と桂をとりまく環境を見据えつつ、上手な息抜きができるような生活を考えていかなくてはならないと思った。

今日は小学校の個人面談で久しぶりに学校へ行ってきたのだけれども、そのような桂の変化は学校では全く見受けられないと担任の先生の方が驚いていた。それだけ外では頑張っているということなのだろう。

必死に歯を食いしばって頑張っている姿に彼は私が感じたことがない世界を生きているのかなぁと思ってみたりもする。私も一緒に成長していかなくてはいけないなぁ、と。
by m_alchemia | 2006-05-17 21:35 | 日々の想い

ミスディレクション

桂が図書館から借りているお気に入りシリーズ「パソコン通信探偵団事件ノート」を借りて読んでいた。登場人物の一人の女の子が皆にクイズを出している。

「アルファベットの最初の文字はAです。では最後の文字はなんでしょう?」

電車の中で散々考え込んでしまった。

答えはT。アルファベットのスペルはALPHABETだから、である。

なるほど・・・。

アルファベットと言われればABCDEF・・・・Zと無意識に考えてしまう。こういうことをミスディレクション(間違った方向付け)という。

たぶん日常の生活の中でもこういうことは頻繁に起こっているのかもしれない。自分が勝手に思い込んでいて、それで八方塞のように感じていることも多いのかもしれない。そんなことを思った。
by m_alchemia | 2006-05-15 22:48 | 日々の想い

スポーツトレーニング終了!

一月から始めたスポーツトレーニングが昨日で一応の終了となりました。これまでまともに体を動かしたことがなかったので、我ながらよく頑張ったものだと思います。エライッ!

私の場合は結果として、体重が1.5キロ増え、脂肪が減り、ウエストや太腿のサイズがしまり、言い換えればそれだけ筋肉がついたということですね。自分でも非常に疲れにくくなったという実感があります。

トレーニングをやめてしまったらどうなるのだろうという思いと、これであの苦しさと筋肉痛から解放される!という喜びが混ざった複雑な心境。(笑)

最後の日はいつもより軽いメニューをさらっとこなすという程度で終わりましたが、いつもなら絶対に規定の回数をこなさせるコーチが、私が「もうだめだぁ・・」といったら「じゃあ、今日はそこまででいいよ」と初めて口にしました。

そう言われたときに私の中で「え?」という何かがっかりしたような感覚があったのです。

その時に思ったのですが、私はトレーニング中にコーチが指定したメニューを絶対に変更しないと分かっているからこそ、安心して「もういやだぁ」「もうだめだぁ」「つらい~!」「痛い~!」「鬼~!」と大騒ぎができたのだなぁと。それは本当にとてもありがたいことだったのだと思いました。

どんなに泣き言をいってもコーチは絶対に気にしない。その安心感があってこそ続けてこられたのだと気づいたのでした。

もっとも私が10キロ近いダンベルを30回もちあげるとなると、途中からはコーチのサポートを受けないとどうにもなりません。けれどもサポートをしてもらって形だけでも30回をこなす。その「形だけでも」ということがこんなに精神的に支えになろうとは思っていませんでした。

そのことをこの4ヶ月のトレーニングを通じて学ばせていただき、本当に感謝しています。今後は地道な形でトレーニングを続けて元の木阿弥にならないように心がけていかなくては!
by m_alchemia | 2006-05-13 22:24 | 日々の想い

三途の川と花畑

d0011725_163499.jpg連休中に明野のフラワーパークへ行ったら、チューリップが満開だった。

その数の多さに圧倒されていたら隣で彼(コオ)が「おおーっ!すごいなぁ。死後の世界みたいだなぁ・・」
すごいのはその表現の方だと思う。(笑)

でも私のイメージでは死後の世界は一面タンポポとレンゲ、あるいは菜の花が咲き乱れているはず、なのだ。こんな風に・・。
d0011725_1673159.jpg


彼のイメージの死後の世界にはいったいどんな花が咲いているのだろうとちょっと気になって聞いてみた。「そうだなぁ。。バラの花かな?」

ええっ!そうなの?ちなみに近くにいた知り合いのCさんにも聞いてみた。

「そりゃ南国の花でいっぱいでしょ。」

えええっ!ハイビスカスとか?ブーゲンビリアとか?

面白いものだなぁ、と思う。

私はどうしてタンポポとレンゲになったのだろうと考えていたら、祖母が以前語ってくれた話を思い出した。祖母は15歳のときに生命を危ぶまれたことがあり、そのときに夢の中でそれはそれは綺麗なレンゲ畑の中をあるいていたらしい。目の前に観音様が現われて、そちらに行こうと思っていたら名前を呼ばれて目が覚めた、といういわゆる臨死体験の話である。

だから私は死んだらレンゲがいっぱいの花畑を通っていくのだとどこかで思っていた節がある。ついでに黄色い菜の花やタンポポも咲いていたら、そしてモンシロチョウなんて飛んでいたらなんて綺麗だろうと。(笑)

しかし、やはり話してみないと分からないことは世の中いくらでもあるなぁ。。今、私の頭の中ではブーゲンビリアが咲き乱れる中を極彩色の鳥が艶やかに舞っている。
by m_alchemia | 2006-05-11 16:25 | 日々の想い