<   2006年 03月 ( 18 )   > この月の画像一覧

新月に向けて

ハッピーバースディー♪私。おかげさまで39歳を迎えることができた。今日は私を生んでくれた両親に感謝をする日。

昨年も書いたが今日は彼の父の命日でもあり、桜が咲くなか家族で墓参りを済ませた。義母と話をしていて気づいたのだが、私も義母も二人とも何故か誕生日には墓参りなのだ。(義母の誕生日は8月の送り盆の日であり、この日も毎日家族で墓参りをする。)

不思議なものねぇ~と、二人で笑いながら話をした。

墓参りの後、彼(コオ)と二人で「マザーテレサ」の映画を観に鎌倉芸術館へいった。映画を観て感じたことはマザーテレサは泣かないのだなぁということだった。少なくとも映画の中では一度も涙をみせていなかった。

泣いている時間があるなら少しでもできることを探したい。笑顔で人を励ましたい。そして喜びの余韻に酔いしれている時間があるのなら少しでも貧しく孤独な人に手を差し伸べたい。マザーの考えも行動もとてもシンプルでそして揺らぐことがない。改めてすごい人だったのだなぁと思った。

自分の誕生日にこの映画をみていることは偶然ではないような気もした。

さて、明日は新月。春分を過ぎて初めての新月である。夢の地図をつくるもよし、コラージュ、日記、アファメーションその他、自分の叶えたい夢や目標を宣言するにはうってつけの日である。

私の30代最後のビジョンは少しばかり「マザーテレサ」の影響を受けた内容になるかもしれない。
by m_alchemia | 2006-03-28 23:13 | 日々の想い

大切にしすぎず、けれども丁寧に

d0011725_2055867.jpg先週はフラワーエッセンスクラスが続いていました。毎回とても楽しい話で盛り上がっております。

最近気づいたことは皆さんがかなり慎重にフラワーエッセンスを使っていらっしゃることでした。

「憂鬱な時に、って書いてあるけれど私の状態はそれほどひどい状態になっているだろうか?」

「緊急時とあるけれど、今の私の状態は果たして緊急といえるのか?」

などなど、そして結局フラワーエッセンスを使わずに終わるということも少なくないようです。

「だって、あまり頻繁に使うといざって言うときに効果がなくなるような気がして・・・」(笑)

心情は分かりますけれどもフラワーエッセンスは日ごろ使っているからといって効果が出にくくなるということはありません。また緊急時も不安も憂鬱も他人と比重を比べるものでもありません。ですからファイブフラワーもマスタードも、ゴースも・・・その他どのエッセンスであってもあまり大事にしすぎないようにして、且つ丁寧にお使いいただければと思います。

尚、5月スタートのフラワーエッセンスクラスを現在募集しております。御興味のある方は是非いらしてくださいませ。お待ちしております。
by m_alchemia | 2006-03-27 21:11 | 日々の想い

静を愉しむ

d0011725_10171854.jpg気づけば一月ほど停滞の時期に入っている。

昨年までは、何もかもがストップしてしまったような時期というのは降りやまない雨のような気持ちで心のどこかで早く晴れ間が見えるのを待っていたように思う。

それが今、この「静」の時を非常に心地よく過ごしている自分がいる。多分生まれて初めての経験ではないかと思う。

静なる時がいつまでも続くとは思っていないが、いつまで続いても全く苦にはならないような感覚。それでいて「動」の時期が来ることも楽しみに待っている自分がいる。忍耐力とはもしかしたら、苦しいのをぐっと我慢することではないのかもしれない。こういう状態であったらいつまでも待てるなぁ・・と感じている自分がいるからだ。

「静=元気がないとき」「動=元気なとき」という構図は考えてみたらおかしなことだが、どこかで皆がそう感じている。私自身、つい先日「今ちょっと停滞時期にいる」と話したら「その割にはお元気そうですね」と言われた。

私も半年前であったら同じように考えただろうと思った。けれど、この体の感覚は確かにのびのびとしていて「静」の中に心地よく漂っているのである。それはもしかしたら呼吸(丹田に気を収める)のことにこだわり始めたからなのかもしれない。

こだわり始めただけで収められるようになったわけではないのだけれど、(・・・今いろいろと実験中です。真剣にやりはじめると結構おもしろいものだという全くの初心者段階です。笑)それを通じて忍耐力のある人の感覚が少しだけ理解できたように感じている。
by m_alchemia | 2006-03-26 10:40 | 日々の想い

ヒヤシンス

d0011725_223174.jpg先日買ったヒヤシンスが満開になった。もともと桂が水栽培をしてみたいといったことがきっかけだったのだが、花屋の店先に蕾の状態の鉢を見かけたのだ。

お店には他にお客さんがいなかったので、店長らしき方に花が終わったあとのことをうかがった。花が終わったら、夏前まで置いておいてそれから根元まできって土からあげてカラカラに乾燥させてくださいとのことだった。そうすれば来年にもまた綺麗に咲きますよ。

とても丁寧に説明をしてくださったので、私はもう少し欲張ってそれではチューリップはどうすればいいのですか?シクラメンは?水仙は?と尋ねた。店長さんは店の奥から売れ残ったシクラメンの鉢を出してきて、どのようにすればいいのかを丁寧に教えてくださった。

夏場はとにかくカラカラに乾燥させてしまってください。涼しくなったら少しずつ水をやるようにして、新芽が出るまでに肥料をあげれば来年もしっかり花を咲かせますよ。・・

最近は忙しい人も多いので一年で終わらせてまた来年新しいものを買うというのでもいいとは思いますけれど、とは言われたものの、せっかく命があるものなので、もし来年も綺麗に咲かせることができるのならそうしてあげたいと思う。

これからもいろいろと教えていただくことはできますか?と尋ねると、あまり珍しい植物の育て方は分かりませんが、この店に置いてあるような花であればいつでも喜んでお教えしますとおっしゃってくださったのでとても心強い味方を得たようで嬉しく思っている。

いつも自己流でなんとなくやっているので、花の育て方を本を買って少しずつ勉強しようかとも思っていたが、それよりはそのお金でオフィスに飾る花でも買いながら知りたいことをその都度少しずつ教えていただく方がよほど楽しいし、嬉しい。店長さんのお人柄にすっかり気をよくして当分はここで花を買おうと決めた次第である。

ちなみに桂の水栽培にはヒヤシンスは間に合わなかったので、来年はこのヒヤシンスの球根で水栽培をと思っている。そして今は大根のヘタの部分がコップに浮いている。(笑)

桂は毎日大根の水を取り替えながら花が咲くのを楽しみに待っているところである。
by m_alchemia | 2006-03-25 22:42 | 日々の想い

ペンション「ノエル」

d0011725_21442017.jpg週の初めに伊豆高原のペンション「ノエル」に一泊して参りました。写真は河津の菜の花です。ソメイヨシノには一週間ほど早かったのですが、春らしいお天気を満喫してきました。

ノエルのオーナーでいらっしゃる室橋御夫妻はとても気さくでいつもあたたかく迎えてくださるので、友人の家に泊まりに行ったような気持ちで毎回楽しく心地よく過ごさせていただいています。

奥様の手料理は本当においしくボリュームもたっぷり。手作りの鯖の燻製やクロワッサンなど。私はここで出されるブイヤベースの大ファンなのです。ですからノエルに向かう日はいつも「お昼は少なめに」。(笑)

今回はお庭でクリスマスローズが満開になっていたので、そのお話をひとしきりしたあと御厚意で一株分けていただきました。

実はこの一ヶ月ほどクリスマスローズが気になっていて花屋さんの前を通っては買おうかどうか迷ったり、書店で「クリスマスローズの育て方」の本を立ち読みしたりを繰り返していたのです。鉢花は結構なお値段がしていたので、躊躇していたところでしたので本当に嬉しく思いました。

一週間早い誕生日プレゼントをいただいて、大切に育てていけたらいいなぁと思っています。
by m_alchemia | 2006-03-23 22:04 | 日々の想い

螺旋を上がっていくように

週末の2日間タロット大学で初級コースに入っていました。ちょうどタロット大学では上級コース参加者がフランスへ行っているところです。今年は秋にタロットの源流の旅であるエジプトツアーも企画されており、さらなる充実を図っています。

タロットの世界を学んでいくと、アストロロジーや錬金術、アロマセラピー、カバラ、エジプトやギリシアの神話、中世の神学、あるいは西洋と東洋の接点といったあらゆる部分に関心が広がってつきることがありません。

その一方で毎回新しい方をお迎えして初級コースの中で同じ内容を繰り返しお伝えしているわけですが、実のところ同じ事を繰り返しお伝えしていくということは表面的には同じに見えても私自身の中では回を重ねることに深さが増していきます。その点で初級コースでインストラクターを務めることに慣れるということ、まして飽きるということはないだろうと感じています。

また4月から新しい初級コースが始まるわけですが、今度はどんな方たちとどんな時間が展開されていくのだろうと楽しみに思っています。

そして私個人としては少しずつ占星学の勉強に取り組んでいこうと思うようになりました。タロットやフラワーエッセンス関わるようになって、星の影響について考えることが多くなったからです。

自分がどのような星の影響を受けているのかを知ることはその星の影響をかわすこと、自身が星の影響をコントロールすることができるということにつながります。占星学はそのためにあるものです。

占星術を占星学という広い視点でゆっくり時間をかけて捉えてみたいなと思っています。
by m_alchemia | 2006-03-20 09:34 | 日々の想い

話すこと、放すこと

昨日の記事の続きを書いてみたい。

今のところ桂は自分の気持ちをかなり正確に表現しようと試みてくれている。それは私がなんとなくそのように仕向けてきたところもある。

「クラスの女子のKさんはいつも一人でいることが多いんだ。僕が図書室にいるときに、一人で本を読んでいるのを見かけることがあるし、この間は一人で教室の隅に座ってずっと外をみてた。寂しそうだった。きっと先生は気づいていないんだよ。見ている僕も寂しくなったよ。でも今日はKさんはRさんとめずらしく一緒に遊んでたんで、僕ほっとした。。。」

ある時は
「Sくんは中学受験をするんで塾に行っているからすごく頭がいいんだ。お弁当もって塾に行って、帰ってから宿題やって12時くらいに寝るんだって。大変だなぁって思うけれど、がんばっているんだなぁってすごく尊敬もしてるよ。」

「今日は体育でサッカーをやったんだよ。ゴール前で僕が立っているところでT君が思いっきりシュートしたら僕に当たってゴールに入らなかったんだ。すごく痛くてつらかったけれど、少年サッカーチームに入っている子達がみんなで「川上、ナイスセーブ!」って言ってくれたんだ!もうすっごく嬉しかったよ!」

如何にいろいろな出来事を通じていろいろなことを感じているかが手に取るように分かる。

私はそんな話を日々聞いていて「それはさびしいね」「すごいね」「嬉しかったんだね」「辛いね」というコメントすることしかしない。どんな話でも最後までひたすら聞くことに徹している。

人生に解決法なんていうものはない。私も桂に対して気の効いたアドバイスなどできたためしがない。けれど「話す」には「放す(解放する)」という効果がある。だから私は桂に話をしてもらいたいと思う。別に学校のことや友達関係のことを特別詳しく知りたいわけではない。それは彼本人の世界だからだ。ただ「解放」することを大切にしたいと思っているし、どんなことであっても話していいのだと知っていてもらいたいなとそんなふうに思っている。
by m_alchemia | 2006-03-16 20:27 | 日々の想い

鬱にはマスタード

先日、桂が「人生に楽しいことがないのはつらい」といって泣き出した。楽しいことがないといっても、友達とは遊びに行くし、学校にも嫌がらずにいってはいたのだが。

詳しく話を聞いてみても特に何か嫌なことがあったわけではなく、ただ「楽しさが全く感じられなく」なってしまったようだった。

そこで桂には「たぶん心が風邪をひいたんだと思うよ。体が風邪をひいたときはお薬を飲んで早く寝れば治るでしょ。だから心が風邪をひいたときもお薬を飲んで早めに休んだらきっとよくなるから。」といってファイブフラワー(レスキューレメディ)とマスタードを飲ませた。翌朝も同じエッセンスを飲ませて学校に行かせた。

その二回だけで桂は見事に回復し、笑い声や鼻歌が聞こえてくるようになった。

子供にマスタードを使うということをこれまであまり考えたことはなかったが、大人でも子供でも同じように一時的な鬱状態になることはあるのだということが分かった。

フラワーエッセンスはこういうときは本当にありがたいと思う。
by m_alchemia | 2006-03-15 21:48 | 日々の想い

花との一瞬の出会い

d0011725_2014937.jpg気温が低いといってもさすがに体の芯から冷えてしまうということはなくなった。今日は青空も広がる中、自転車に乗ってでかけていたが、沈丁花の香りがこの一週間ほどで急に香るようになった。
沈丁花といえば

 たばこやさんの角をまがると
 沈丁花の花の香りがします・・・

という書き出しの詩が昔、小学校の教科書に載っていてこの詩がとても好きだった。

たばこやさんも最近はあまり見なくなってしまったけれど、毎年花をつけていたはずの樹木もずいぶん姿を消した。私の中だけにある「ご近所桜マップ」の桜の木もいくつか切り倒されてしまった。

花が咲いていたときはまた来年もあたりまえのように見ることが出来ると思っていた。桜だけではない。もしなくなってしまうと知っていたらもう一度満開の姿を見に来たのに。。そんな思いが続いたせいか、今咲いている樹や花とのこの一瞬の出会いを大切にしたいと思うようになった。
by m_alchemia | 2006-03-14 20:39 | 日々の想い

自分の名前とともに

先日まさこさんという方にお会いした。正子、という字を書く。私がメールで漢字を間違えてしまって、それをお詫びしたことから名前の話になった。

「私、自分の名前の「正しい子」という字が好きではなかったんです。「正しい、正しく生きる」ということにどうにも抵抗を感じていて。それが先日旅行に行った先で、正子という名前の意味は「正直な人」という意味だと言われたんです。ああ、見方を変えると全く違った感じになるのだなぁ・・と。」

それでご自分の名前が好きになれそうですか?とお聞きしたら、相変わらず好きではなさそうだったが、それでも抵抗感は随分減ったということだった。

まさこさんにはこれからの人生を自分に素直に、正直に生きていっていただきたいなと感じている。のびのびと自由気ままに人生を楽しむ姿が本当に似合いそうな素敵な方だったので。

ところで私の名前は「美しく保つ」と書く。名前を決めた時、派手な名前だね~と祖母に言われたと聞いたが(笑)、この名前のように生きることを意識することはよくある。やはり名前は気になるものだ。

以前、美とは調和だという文章に出会った。(より正確には「調和とは真・善・美の美に当たる」である)そして調和とは捜し求めるものではなく、自らの作為によってなされるものだとあって、はっとしたことがあった。

生きるということは捜し求めるということではなく、創造していくことなんだということに気づいた瞬間である。そしてその時以来、私にとって「美を保つ」ということは調和を作り出していくというより能動的な方向に置き換えられるようになった。

意味が広がっていくということは自分がまた成長していくことでもあり、そのこと自体がまた嬉しいものである。
by m_alchemia | 2006-03-13 12:46 | 日々の想い