<   2005年 10月 ( 17 )   > この月の画像一覧

明るく楽しく軽やかに

以前書いたことがあるYOSAPARK IIYOの中山さんに先週の金曜日に彼と二人でお世話になった。今回は私はハーブ蒸だけだったが、彼の方がアロマテラピーもプラスしてやってもらった。

不思議な能力を持つ中山さんは人の心の深いところにある思いとつながることができる人だ。
それが歌になったり、言葉になったりして出てくるのだが何が飛び出すかはご本人も分からないと言う。

今回いろいろと話をしている中で、私は彼に対して力になってあげたいのだけれど何をしてあげればいいのか分からないのだという話をした。

そうしたら「あなたのその思いが彼の重荷になっているのよ。あなたはいい人過ぎる。彼のことはほうっておいていいから、あなたは自分の好きなことを楽しみなさい」と言われた。

私は「もっと自分のために好きなことをしなさい」と言われることが本当によくあって、でも相手を思う気持ちが相手の重荷になっているというふうにはっきり言われたのは初めてだった。言われた時にストンと落ちるなにかがあった。

私は彼のことは本当にいい人だと思っていたけれど、自分がいい人だなんて思ったことがなかった。言われた時に一瞬にして緩んだ。如何にそのことで自分を緊張させていたのかが言われて初めて気づいた。

このところ「明るく楽しく軽やかに生きなさい」というメッセージをたくさんいただく。また言われたなぁと思っていたら、「それがあなたの課題なのよ」と言われてしまった。そしてまた彼は別の課題を指摘され、二人でつるんとすっきりした気分でその場を後にした。

新しい関係を彼と築いていきたいな、と思う。毎日一緒にいる二人だけれど、関係はいつも更新し続けて、新鮮なつながりを持つ二人でいたいと思う。
by m_alchemia | 2005-10-31 04:48 | 日々の想い

26番目の選手

ロッテが優勝した。ここ数年野球(TV)観戦からは遠ざかっていたのだが、ロッテがソフトバンクに勝って優勝した時のヴァレンタイン監督のスピーチがとても素敵だったこともあって、なんとなく気にしていた日本シリーズだった。

ロッテが優勝したことで初めて知ったことなのだが、ロッテはファンを26番目の選手と考えている。ベンチ入りできるのは25人。そして26番目の選手は観客席にいるファンだという。今年は26という背番号を欠番にし、ファンのための背番号にしていて、応援席には背番号26のユニフォームが置いてあるということだった。

ロッテの応援に日本シリーズに行ってきましたという方にその話をしたら、

「そうなんですよ。特にヴァレンタイン監督になってからすごく変わったんです。彼は決して選手を怒ることはしないそうですよ。それに彼は選手たちに球場の近くに住みなさいと言っていると聞きました。ご自分もすぐ近くに住んでいて、近くのスポーツジムに通ったりしているんです。それで周囲の人に声をかけられると、気軽に答えたりしているんですよ。

ロッテのファンは相手の素晴らしいプレーにも拍手を惜しまないし、それに選手の方も試合に勝っても負けても必ずファンに対して最後に挨拶にくる。

それから試合終了後にインタビューに対して選手がマイクで答える場面ってありますよね。でもロッテの選手って質問に対して答えるだけではなくて、自分でファンに対して言いたいことがあると自分でマイクを手にとって自分の意思で話すんです・・・」

こういう球団がもっと増えてくれたらいい。ロッテのファンも増えてくれたらいい。本当にいい球団なんですよ~、とその話はどこまでも続く。

私が思ったのは、ファンを大事にするということが具体的にどういうことを意味するのかをこの人たちは明確に持っているということだった。

別に特別なことをしているわけではない。
けれどその誰でも出来るけれどほとんどの人がやっていないことをしようとしているのがヴァレンタイン監督率いるロッテというチームなのかもしれない。

来期ヤクルトの監督を務めることが決まった古田(選手)もそのような球団を目指していくのだろうか。いろいろなことを考えた。
ロッテ優勝おめでとう!これからもいい球団をファンの方たちと共に作り上げていってください。
by m_alchemia | 2005-10-27 21:39 | 日々の想い

気がつけば読書の秋

d0011725_19251150.jpgもうとっくに花は終わってしまったのですが、満開の時に咲いていた金木犀の花です。ブログにアップするのを一日延ばしにしているうちに、時期が過ぎてしまいました。

今、図書館から「タリズマン」の上下巻、「エジプト神話の図像学」といった本が届いています。タリズマンは「神々の指紋」を書いたグラハム・ハンコックとロバート・ボーヴァルの共著で、中世ヨーロッパのカタリ派、フリーメーソン、薔薇十字といったグノーシスの系譜をたどった本です。

もう一冊は上野のエジプト展で見かけた書物で、古代エジプトに関する自分の知識を少し整理したくて図書館にリクエストしていた本でした。

どちらも私にとってはじっくりと腰を据えて読みたいと思って前々からリクエストをしていたのですが、こういう本に限って重なって手元に届くのですね~。(苦笑)

たまには学生のように勉強モードで本と向き合ってみるのも錆ついた頭には必要だと言い聞かせながら、けれども楽しくページをめくっております。
by m_alchemia | 2005-10-26 19:44 | 日々の想い

チャレンジ精神!

桂が学校の図工の時間に創ったという版画を持ち帰ってきた。
母熊が川に入って鮭をくわえ、それを小熊が見ている絵で結構臨場感のある仕上がりになっていた。クラス内で自他共に認める力作だと本人は言う。

「桂くん、どうしてこういう絵にしようと思ったの?」

「難しそうだったから。」

「難しそうだったから?」

「そうだよ。そうしないとおもしろくないもん。せっかくつくるのに・・・」

せっかくつくるのだから、できるかどうかわからないくらいのものにチャレンジしたいというその精神は尊いと感じる。いつまでも大切にしていってほしい。
by m_alchemia | 2005-10-25 13:04 | 日々の想い

完璧を目指したいからこそ

昨日マンドリンアンサンブルの演奏会を無事終えて(ちなみに私はマンドリンを弾いているのではなく、そこでギターを弾いているのです)、今日は一転良いお天気の中で祖母の50日祭を終えた。

コンサートミストレスを務めている方が「うまく弾けそうもないから演奏会には出ない」といった人について、演奏会の後でこう言った。

「誰だって完璧になんて弾けないし、弾かなくたっていいと思うのね。もちろん完璧に弾きたいとは思うわよ。でもね、完璧を目指したいのなら、とりあえずマンドリンを手にして弾かなきゃ始まらないじゃない」

だから一緒に弾こうよ、一緒に楽器を手にとっていい音楽を目指しましょうという励ましの言葉であったのだけれども、同時に彼女がソロの弾き手として自分に常に言い聞かせている言葉なのだな、と思った。
横で聞いていて心に沁みた。

完璧を目指したいのなら、楽器を手にしなければ始まらないでしょ。

今がどんなに未熟でも、そんなことはさほど問題ではないのだといってくれる言葉はなんと愛に満ち、あたたかいのだろうと思った。自分の未熟さを責め、他人の未熟さを責める空気に私はどうしてもなじめない。

始めることだ、続けることだ、あきらめないことだ。

それが生きるということだと思うから。
by m_alchemia | 2005-10-23 20:12 | 日々の想い

以心伝心

最近運動会や、PTA集会など学校に関する用事が増えている。先日は朝の登校指導の当番だった。交通安全と書いてある黄色い旗をもって「おはようございま~す!」と子供たちに声をかけるのである。ついでにといってはなんだが私は前を通る中学生、カップルの高校生、通勤へ急ぐ皆さまなどといった方々にも同じように声をかけることにしている。

中高生をはじめ、意外にもみなさん声を返してくださるので嬉しいな、と少しばかりいい気分を味わわせていただいている。

言葉と言えば先日児童数の少ない中学校の校長先生が、人数が少ないと人間関係が限られたものになり、それと同時に単語で会話をしても通じてしまうところがある。せめて教師に向かってはきちんと最初から説明をするようにと指導をしているが、実際には難しいというようなことを話していた。

つい最近まで、私もよく分かっていなかった。

以心伝心というと聞こえはいいが、言葉を使って伝える能力を育てることも大切なのだろうと思う。私自身、言葉を介さないコミュニケーション(たとえば相手の表情やしぐさから相手の思いや要望を読み取るというようなこと)の方をずっと得意として生きてきた。今でもその方が楽である。

世阿弥の「花伝書」だったか、記憶が定かではないが「世の中に自分(の才能)を認めさせるのも能力のうち」というような言葉があったと思う。

理解してくれないと嘆き、あるいは理解してくれないと相手を責め立てる前に、自分がどれだけ伝えよう努め、その能力・テクニックを磨こうとしているか。「伝えたい」という思いは大切だがそれだけではだめなのである。

子供たちが「だまっていても自分を理解してくれる人がいい人(友人・親・教師)である」という考え方をする気風がずいぶんと広がっているように思う。それはある意味で間違っていないけれど、片手落ちだ。

相手を尊敬しつつも、ある種の気概をもって自分を主張していく能力を身につける。
そのことに気づかないと本当の自由は手に入らない。
それができて初めて「以心伝心」が生きてくる。
by m_alchemia | 2005-10-21 10:32 | 日々の想い

願いのピノ

彼(コオ)が季節限定のマロン味のピノ(アイスクリーム)を買ってきた。
ありがとう、とお礼をいってフタを空けると星型のピノが1つ入っていた。
「ふ~ん、限定版ってこういうふうになっているんだ・・・」と思ってさっそくそれを口に入れて食べてみた。おししい、おいしい。

あとから彼がピノの箱を持ち上げて
「へぇ~、願いのピノっていうのがあるんだ~。どんな形してるんだろう?」
と言い出す。

「???もしかして、それって星の形をしてるんじゃないの?」

「何で知ってるの?」

「だって、ここにあったもん。いま食べちゃったけど・・」

その後は桂も混じって、「何で食べちゃうんだよ~。どうしてみせてくれなかったんだよ~。食べる前に3回願いこと唱えると叶うって書いてあるよ。ちゃんと願い事した?しなかったの!!どうして???あ~あ、もったいないなぁ。」とだいぶ責められてしまった。

だってね、ぜ~んぜん知らなかったんだもの。どのピノの箱にも普通に星型のピノが1つ入っているものだと思ったんだもの。そんなにめずらしいものだなんて・・。

彼からは「幸せの前を素通りする女」と言われた。(笑)

そういう常識のなさがまったく美保らしい、というのである。
by m_alchemia | 2005-10-19 14:29 | 日々の想い

間に合わなかったけれど

昨日は以前通っていたフラメンコ教室の年に1度の発表会だった。
タロットの初級コースがこの土日に入っていたが、遅刻しても必ず行こうと友人からチケットも買っていた。が、やはり間に合わずに断念。残念・・。

今朝、友人から電話をもらってそのことを話した。
「いい緊張感でいい感じで踊れたよ。来てくれた友達や司会の人に泣かれちゃってさぁ。・・」

前世でも貧しい踊り子だったといわれたことのある彼女は、今生もフラメンコ貧乏を嘆きつつ仕事以外の時間をそれにかけている。

今回は初のソロを含めて4曲踊るんだと言っていた。
その姿、みたかったなぁ・・

でも、私も時間とめいいっぱいの精力を注ぎ込んでタロットの講義やフラワーエッセンスのクラスやセッションにかけている。それでいいんだと、昨日は2日間のコースの後の脱力感の中でぼんやりと考えていた。

さあ、お互いがんばってまた新しい一日を始めよう。
会えないことはさびしいけれど、自分の世界で一生懸命生きている友人はいつだって私の支えなのだ。
by m_alchemia | 2005-10-17 17:45 | 日々の想い

「なかったこと」にはしたくない

d0011725_11413080.jpg今年は赤とんぼが群れをなしてたくさん飛んでいるように思うが、気のせいだろうか。

わけあって個人メールのアドレスを「やすらぎの部屋・美保」と変更したら、やすらぎの部屋とはまったく関係のない校正の仕事の担当窓口のNさん(男性)から「出会い系」のお誘いメールかと思いました、と言われてしまった。(苦笑)


なるほど・・言われてみればそういうものかもしれない。

自分のまったく考えも及ばなかったところからの声というのは、自分の凝り固まった頭の中を心地よく揺さぶってくれるようでありがたいなぁと思う。とりあえず、「すみませんっ!削除しないように願います」と返信はしたもの、このままというのもどうかと思った。さてさて・・

相手が理解してくれればそれでいいじゃぁないか、という見方もできる。けれど、そんな小さな一つ一つに、妥協せずに何かいい方法はないものかと考えて取り組んでいくことが自分の創造性を広げていくために、やはり必要なのだろうと思う。

この出来事からもっていくのはいささか強引ではあるが、自分の内側にある矛盾や葛藤を悩んだり嘆いたりするのではなくて、その内側の2つの要素をなんとか融合させて新しい道を探ることを目的にしたときこそ、その人ならではの個性が輝いてくると、常日頃思っている。

そう書くとなんだか聞こえがいいけれど要するに創造性のチャンスがそこにある、と思ったらたとえそれが「小さな問題」であってもケチな私にはなんだかとってももったいなく思えるのだ。
by m_alchemia | 2005-10-14 12:14 | 日々の想い

嬉しい!

d0011725_10584628.jpgちょっと写真が大きすぎたかしら・・

本当に久しぶりにお天気になった昨日、嬉しくてその嬉しさの分だけ大きくしてみました。(笑)

お天気になったら布団も干して、カーテンも洗って・・けれど一番したかったことはデジカメを持ちだして散歩をすることでした。
曇り空の日はどんな鮮やかな花であっても、なんとなくさびしい感じがしてしまいます。

そんなこんなで元気に動き回っておりましたら、カーテンのすそにほつれを見つけたり、布に日焼けを見つけたり、紫外線にあたって弱くなったプラスチックにひびが入っていたりといったものを幾つか見つけました。

そのプラスチックのかけらを手に取ったとき、ああこれはメンテナンスの必要性を象徴しているものだなと感じました。

家の中だけでなく、歯や体のことも定期健診を受けたりなど、普段あまりチェックをしていない部分に心を配っていく時と心得て日々を過ごしていこうかな、と思います。
by m_alchemia | 2005-10-13 11:14 | 日々の想い