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必要なものは家にある?

d0011725_2203893.jpgスーパーへ行くと梅酒が棚に並んでいる。暑い盛りには梅酒というのもいいものよね、と思いつつそのまま帰宅。

その夜、キッチンで片づけをしているときに、食器棚にあるぐい飲みサイズのグラスが目に入る。藤野芸術の森で私自身がサンドブラストで作ったものだ。これに氷を入れて、梅酒を飲んだらさぞかしおいしいだろうなぁ。そう思って片付けの続きをしていると、何故だかシンク下の掃除をしなければならないような気がしてきた。

時計をみる。夜も10時をとうにまわっている。何故こんな時間からシンク下の掃除をしなければならないの~?しかし、ときどきやってくるこういう感覚は絶対のもので、私は面倒だと思いながらもやむなく片づけを始めた。

ああ、疲れているのに・・。

ところが掃除も途中まで進んだところで、あら?このビンは何?

見覚えのない1リットル瓶が奥のほうから出てきた。明るいところでみるとラベルが張ってある。
「梅シロップ、黒酢」 
そうだ。去年義母が自家製の梅シロップを分けてくれたのだった。すっかり忘れていたが、ふと昼間の梅ワインを思い出した。

私の「シンク下」の感覚は掃除のためではなく、この梅シロップをみつけるためだったと理解し、そこでさっさと掃除はやめにして(笑)、さっそく先ほどの自作のグラスをとりだして、水割りにして飲んだ。

おいしかった!掃除してよかった!今年の夏はこれで過ごすことに決めました。

それにしても梅酒そのものではなかったけれど、最近の私のテーマである「自分が持っているものを出し切る」ことにあわせたかのような非常にメッセージ性の強いできごとで驚いた。

自分の潜在意識がさせることって不思議。
by m_alchemia | 2005-07-30 22:21 | 日々の想い

素敵な50代を

母からメールが届いた。
父が買ったPCだが、父があまりにも使わないので代わりに母が習いに行って今では母の方がよほど使えるようになっている。

昨日の記事を読んでコメントを送ってくれた。

・ ・ ・ ・ 

思い返しても30代40代は大変でした・・・なにがって?
気持ちにゆとりがなくて。それにお金もなかった! 
ゆったりしたオーラは、美保さんが50代になると自然に身につくと思うけど。

もうじき北海道、楽しんできてね。    では又  母

・ ・ ・ ・

普段はめったに口を挟まずに遠くから眺めていてくれるので
余計にふっと心が動いた。

そうかぁ。がんばっているんだなぁ、私。
素敵な50歳、60歳を迎えたいなぁ。。
皆で素敵な50代を迎えて、皆で楽しみたい。

いつも黙ってブログに目を通してくれている母に感謝。

ところで8月1日から夏休みをいただいて富良野と小樽へ行ってまいります。北海道は私も彼も初めてなので、(なぜか桂だけは旭山動物園へいったことがあるのです)とても楽しみにしています。

皆さまも良い夏休みをお過ごしくださいませ。
by m_alchemia | 2005-07-29 23:16 | 日々の想い

大事なこと

先週末フラワーエッセンスクラスを湘南と赤坂で行っておりました。その際、いつもクラスの後にセッションにお越しくださっているEさんから、「美保さんが疲れていらっしゃるように見えるときでも、いつもいつも同じ問題をこの部屋で繰り返し話している自分のことがいい加減いやになりました」というお言葉を頂戴いたしました。

反省は毎回のことですけれど、今回はさすがに猛反省をいたしました。一応私も人間ですので人並みに疲れることもありますが、セラピストとして疲労感を漂わせ、まして相手の方にそのことを気遣っていただくようでは本当に失格だなぁと思います。

先日、久しぶりに会った母からも「忙しさが生活の空気ににじみ出ている」と言われていたのに・・。謙虚に受け取っておくべきでした。

Eさんはご自身のこととしておっしゃってくださいましたが、私としましても心身の自己管理と時間管理はセラピストの大切な仕事の内だとの認識がまだまだ甘いということでしょう。ゆったりとしたオーラが身にまとえるように日々の生活を見直しつつ、成長していきたいと思っています。

「やすらぎの部屋」はいつ誰が来てくださってもやすらげる場所であるように。 それがそもそも私の夢であり、変わらぬ私の目標であったと大事なことを思い出させていただきました。

Eさん、ありがとうございました。そしていつもあたたかい目で見ていてくださる皆様に心から感謝をしております。
by m_alchemia | 2005-07-28 21:29 | 日々の想い

論理と象徴のあいだ

神聖幾何学は数学的には全くおかしいものなのだ、と聞いた。しかし実際にそれで多くの教会や寺院は何百年も建っている。

ミツバチはあの体と羽の大きさの割合では物理的にいって飛ぶことができないという。しかしミツバチは元気に堂々と空中を舞う。

機械的な数値にあわせた調律のハーモニーは非常に耳障りになる。すぐれた調律師は常に自分の耳をたよりに心地よい音階を探る。

数学的な論理体系と象徴体系は別個なものとして存在している。だから論理体系だけでものごとの説明を試みようとすると行き詰ってしまって、本質が見えなくなりますよ。とは先日タロット大学でいただいてきた言葉である。これはタロットに限らず、フラワーエッセンスに関しても、人間関係に関してもすべてにおいていえることだと思う。

本能と直感だけに頼るのではなく、あるいは論理だけにたよるのではなくその両方の手綱を手に持って世界を観察することを日々求められている。

私たちは学校や職場で論理的に考えることをたくさん学んできた。そしてその反動のように今度は自分の直感だけを頼りに生きることを自分に課して不安定になることも多い。

縦糸と横糸の両方を使って、人はそれぞれ個性という布を織る。
by m_alchemia | 2005-07-27 22:40 | 日々の想い

遅ればせながら・・

台風の中、「永遠のマリアカラス」の映画を観てまいりました。だいぶ以前に上映されていたものですが、人気の高かった作品の上映会がすぐ近くでやっていて、ようやく観ることができました。先月は同じところで「オペラ座の怪人」を観てきました。

どちらの作品も本当に素晴らしかった!観ることができて本当によかったと思っています。

けれどももう少し若かったらこれらのオペラの良さは絶対に分からなかっただろうと思うと、年を重ねるということの不思議を感じます。たいした経験をその年月のうちに重ねているわけでもないと思いますのに、一体何がそうさせるのでしょう。。。というより、その無意識の年月の中で自分は一体何を重ねてきたのだろうとそんなことを感じます。

マリアカラスのカルメンに心底浸りきってしまいました。
by m_alchemia | 2005-07-26 22:40 | 日々の想い

トランペットヴァイン

d0011725_2037179.jpgノウゼンカズラやトランペットヴァイン(アメリカノウゼンカズラ)のオレンジが美しい。今年は例年になくあちこちでよく見かけるように思う。

先日トランペットヴァインの写真を撮ったついでに花にそっと触れてみた。

えっ。固い!

この花がこんなに固くてしっかりしているとは思わなかった。指で簡単につぶれてしまいそうな印象もある花であるのに、いやいや、そんなに容易にはつぶれそうもない。トランペットヴァインがこんなにしっかりとした強さを持ち合わせていることに私は触れてみるまで気づかなかった。毎年見ていたのに、私はこの花に実際に触れてみたのは初めてだったのだ。

FESのフラワーエッセンスにもあるこの花の印象がその強さという点でまた少し変わった。

そういえばスターオブベツレヘムを見たときも、実際に目にするまで日が陰ると花を閉じてしまうことを知らなかった。それによって、スターオブベツレヘムの持つ繊細さをまた少し理解できたのだった。

それにしても、自分は知っていたつもりで、実は全然分かっていないことが世の中にはたくさんあることを、こんなに身近なところで教えてもらえたことに感謝している。

いつまでも目の前にあるものに対して謙虚な姿勢と好奇心を忘れずに生きていきたいものである。
by m_alchemia | 2005-07-25 20:56 | 日々の想い

出し切る努力

d0011725_21292487.jpg昨日の満月にあわせて発行したメルマガへの感想をKさんが送ってくださった。

私はメルマガの中で「もうなくなるだろうと思って買った日焼け止めローションが1ヶ月たってもなくならない。もうなくなるだろう、もうダメだろうと思ってもそこからが実は結構長い。
それは自分の中にすでにもっているものを過小評価しているという、自分の生きるパターンにも通じているように感じる」と書いた。

以下Kさんのメールである。

私は仕事場の机の目の前にある"セロテープ"でした
テープの残りわずか加減をアピールするかのように
しろ~~~くなってましたので
私はいつなくなってもいいように 新しい換えのテープをそばに用意したのですが
それが思った以上に長持ち・・・
こんなにしろ~~くなってるのに まだ?まだ?まだ?という気持ちでした

私自身を振り返っても 今まで【常に外に捜し求める】傾向が大きかった事を思ってきていたので美保さんの書かれている事で 思いが整理されたという感じでした。

何かをもっているからとか(それは肩書きであったり、経歴であったり、財力であったり・・・・)多くの外から後付されてくる物事よりも
本質の心から自分の中にある力みたいなもの
自分の存在を大切にして そこから周りとの調和がうまれる事を思います

・ ・ ・ ・

今自分の手元にあるものは実は自分が思っている以上にたくさん残っているのだと思うのだ。自分の才能も例外ではないだろう。私の日焼け止めローションやKさんのセロテープのように、あれっ?私の力ってまだこんなに残ってた?という具合になるかもしれない。

でもそれは最後まで使いきろうとしてみないことには、実はどれだけ残っているのか分からない。Kさんのいうように「本質の心から自分の中にある力みたいなものを大切に」していくことが世の中にいい波動を生み出していくと信じたい。
自分を過小評価せずにとことん出し切ってみたいものだ。

Kさん、ありがとうございました。(・・・メルマガのダイジェスト版のようになってしまった)
by m_alchemia | 2005-07-22 21:56 | 日々の想い

白菊

花屋で白い菊を買ったので、リビングに1本、阿弥陀さまのお隣に1本花瓶にさした。

菊はどうにも縁起がよくないイメージがあったのだけれど、だいぶ昔に「仏前に白い菊を供えるのは「心を真っ白にして仏の声を聴く」という意味に通じるものがあるのだと伺った。

以来、神仏に委ねたいとき、本当の気持ちを自分自身に聞いてみたいときには、私は白い菊を飾るようになった。

初心に戻り、本当の自分に立ち返る。
その意志の表明として私は花屋で白い菊を手に取るのである。
by m_alchemia | 2005-07-21 21:23 | 日々の想い

夏・夏・なつ

d0011725_2245245.jpg梅雨が明けた昨日、湘南海岸でこの夏初めての花火大会があった。部屋を真っ暗にして夜空いっぱいに広がる花火を眺めて楽しんだ。この後、江ノ島花火大会を含めていくつかの花火大会が我が家のベランダの向こうに繰り広げられる。

そして今日、この夏はじめての蝉の鳴き声を聞いた。彼(コオ)と二人で、「あっ、いま蝉がないたね」と言った。蝉の鳴き声は毎年うるさいほどだけれど、最初の瞬間は当然ながら一度しかやってこない。それを今年は二人で一緒に聞くことができたことが、なんとなく嬉しく感じられた。

夜、線香花火に火をつける。花火の火薬の香りは夏を代表する香りの一つだと思う。線香花火をもっていると指先をつたわって、じりじりと花火の振動が伝わって心地よい。チチチチ・・という音が心地よい。花火って五感で楽しむものなのね、ということをこの年になるまでまるで分かっていなかったような気がする。くすぐったいような感動だった。

さて、明日は小学校の終業式だ。夏本番である。
by m_alchemia | 2005-07-19 23:13 | 日々の想い

エーテル界にアクセスする

d0011725_0151681.jpgロンドンタイムスの土曜日の夕刊に掲載されるクロスワードパズルの正答率は土曜日の夕方よりも日曜日の午後の方が高い、つまり易しくなっている。
ルパート・シェルドレイク博士の発見だそうである。

人が何かを書いたり、言ったり、作ったりしたときの振動はすべての方向に向かって発信されていて、それを周囲の人は察知する。クロスワードパズルで言えば正解を出した人たちの波動が集まってどんどん強まっていくために土曜日より日曜日にパズルを解く人の方が簡単に感じる、というわけだ。つまり日曜日の午後に解く人は目に見えない「正解のある場所」に無意識にアクセスをしているという考え方ができる。

こんな話を思い出したのは、タロットの初級コースに毎回関わっていると、数年前の初心者(私が受けていた頃)より、最近の初心者の方の方が無理なくリーディングをしているなぁと感じるからだ。

この1,2年でカモワンタロットの知名度は格段に上がった。このタロットを使える人が増えてきているおかげで全くの初心者であっても「リーディングを導く場所」にアクセスがしやすくなっているのではないかしら、と思うのである。

こういう仮説はおもしろいなぁと思う。

そうだとすれば私が一つ一つのタロットのリーディングを丁寧に行うことやフラワーエッセンスに関わる真摯な姿勢を保つことがシェルドレイク博士のいう「形態の場」を目に見えないエーテルの世界に作り出すということになるのだ、と思い至った。

私が物理的にお会いできる方は限られているけれど
形態の場を作るという意味では実際に人に会うかどうかは問われない。
その場を作ることに一人の人間として協力できるというのはとても嬉しいことだと思ったのである。
by m_alchemia | 2005-07-18 11:14 | 日々の想い