飽きてしまうことを恐れない

本当にやりたいことを見つけるにはどうしたらいいのだろうかという話をRish(私の中にいる)としていたときだ。

Rish:やってみたいと思ったことを飽きるまで続けることだ。やりたいことが見つからないのは一つのことを飽きるまでやったことがないからだ。一日で飽きるかもしれないし、一年で飽きるかもしれない。そうやって飽きるまでやって、飽きたらまた次を探していく。それを続けていく中で見つかるものなのだよ。

私:よかった。じゃあ、何かを始めても嫌になったらやめてもいいってことなのね。

R:そうじゃない。辛くなったり、苦しくなったらやめるのではない。やめるときは飽きたときだけだ。

ふ~ん。。。
私の母は今年70歳を迎えたが、20年間続けてきた大正琴をきっぱりやめた。たくさんあった琴も全部処分したと父から聞いた。部屋も気持ちもすっきりしたようだ。
たぶん「飽きた」というのはそういうことをいうのだろうな、と思う。

例えば私は今年毎日ブログを更新しようと決めていて、それはそれなりに結構大変なのだけれども、書くことが飽きたかといえばそんなことはない。やはり書いてみたいことはいろいろとある。この場合はRishによれば、大変だからやめるのではなく、続けていくべきということになるのだろう。

それよりも私が思ったことは、私は何かに飽きてしまうことをどこかで恐れているような気がした。

たとえば今の仕事に飽きてしまうことや、やっとみつけた趣味に飽きてしまうことや、人間関係においてもである。

そうではなくて、Rishは「飽きるまでやりなさい」というし、もっというなら早く飽きるところまで到達しろ、という。
飽きることを恐れるのではなくて、もし恐れるのなら飽きる前に地上での時間がなくなることの方を恐れなさいという。

私はふとフラメンコのことを思った。
私はフラメンコに「飽きる」ところまでいけるかしら、と。それよりも今のような感じで続けていたら思うように上達しなかったり、体力に自信がなくなっていずれやめることになるのではないかしら、と。

私はどうせやめるときが来るのなら、「飽きて」やめたいと思った。

母みたいに。(^^)

飽きることを恐れずにものごとに取り組んでいきたいと思った。
もちろんフラワーエッセンスにもタロットにも。
そんな風にかかわっていったら、きっと自分の中でホンモノになっていくように、つまり本当にやりたいことに出会っていかれそうに思えた。


*本日もお読みくださいましてありがとうございました。九州が梅雨明けをして、これからどんどん暑くなっていきますね。暑い夏も元気で過ごしていきたいと思います♪
by m_alchemia | 2009-07-13 22:18 | 日々の想い