頑張ることは好きですか?

今月のフラワーエッセンスの中級クラスで「頑張る」ということについて皆で話をしているのだけれども、この話題をあげるようになってから、私の中にしきりに湧いてくる「声」は頑張ることへの恐れに対してのコメントが多い。

なので自分の中でいろいろと整理しているのだが、
要するに「頑張りすぎてストレスがたまると病気になる」という強い思い込みがたくさんの人たちを恐れされている、ということなのだ。

何かにチャレンジしたい、手に入れたい、そのために頑張りたいという欲求は
人間のもつ基本欲求に近いものではないのだろうか。

けれども最近は「頑張ることはよくないことで、頑張りすぎるとストレスがかかる」ということがあまりにも強調されすぎて、それがいけないことであるかのように認識されているように感じることが多い。

クラスやセッションでも
「頑張ることはよくないことと分かっているんですけれども、どうしても頑張りすぎてしまうんです」
「以前頑張りすぎて体を壊したことがあるので、できるだけ頑張らないように努力しています」
とお話される方が非常に多いことが気になっている。

頑張りすぎると体を壊す、というのは雨にぬれると風邪をひくというのと同じくらい不確かな言葉であると知っているのは大事なことだと思う。

「雨にぬれる」ということと「風邪をひく」ということの間にはなんの因果関係もない。そうでないと雨にぬれた人は全員風邪をひかなければいけない話となってしまう。

それと同じように「頑張る」ことと「体を壊す」ことにも因果関係はない。

それよりも「頑張ったり無理をしたら体を壊すのではないか」という「恐れ」と、それなのに頑張ってしまう自分への「罪悪感」の方がよほど深刻な事態を引き起こすように感じている。

結果、中途半端な頑張りと、それに伴う不満足な結果に対するフラストレーションが自分を苦しくさせてしまう。そういう悪循環が過去の自分の中を振り返っても如何にたくさんあることか。

気持ちよく頑張って、頑張った自分を気持ちよく褒めて、ご褒美をあげる。
その方が精神衛生上にもとてもいいように思うし、才能の伸ばせるし、自信ももてるのではないかなぁ。

そして、もし健康を損なうことがあったとしたら、それは本当に「頑張った」ことが原因なのか、頑張り方に問題があったのではないか、あるいはそれ以外の人間関係やその他の問題ということはないのかをきちんと見つめることも必要だとも感じる。

私は人が何かに向かって頑張っている姿というのはとても美しいものだと思う。

真剣なまなざしも大好きだ。

同時に結果を出すということにもすごくこだわっている。
その辺で彼(コオ)からは外見は女性でも中身は男だねぇ・・と苦笑されてしまうのだけれども、
私が結果にこだわるのは結果を出すことによってのみその頑張りが報われる、と日頃から思っているからだ。

「成功するまで頑張り続ける」。
それは頑張り続けていないとだめだといっているわけではなく
成功したら、その頑張りが全部報われるからなんだと私は思っている。



*本日もお読みくださいましてありがとうございました♪ 
今日はちょっとクラスの続きのような勢いの内容になってしまいました。
今日も一日よく頑張ったなぁと自分にいってあげたいと思います。(^^)
by m_alchemia | 2009-06-28 21:33 | 日々の想い