自分が何をしたいのか分からないときは

バッチ博士も言うように、
「人に課せられている唯一の義務は自分自身の魂の声に耳に傾けそれに従っていくこと」
というのは心身の健康には欠かせない。
病気の根本の原因は魂の求める道筋から外れてしまうことと、
世俗の欲や周囲の意見に影響を受けすぎることから来る葛藤であるという。

だから自分がやりたいことがあったら、
多少周囲からの反対があっても勇気をもってやるべきだといろいろなところで見聞きする。

けれども、もし自分がやりたいことが見つからない場合はどうすればいいのだろう?

Rishはこういう。

「自分のやりたいことが見つからなくて時間もあるのだったら、人の期待に応えればいいではないか。」

親の期待に応える。先生の期待に応える。
上司の期待、会社の期待、お客さまの期待に応える。

人の上に立つようになったら、部下の期待に応え、
子供の期待に応え、生徒の期待に応えるような生き方をすればいい。

他人と自己の区別はない。他人を喜ばせることは自分を満足させることと同じものだ。

Rishはまた別のときにこういうことを言った。

「人の期待に応えることを超えて、宇宙の期待に応えるつもりでいなさい。
ただし、人の期待に応えることもできないのに、宇宙の期待に応えるというのは不可能だよ」

顧客を満足させようという気持ちのないところに、お客様が来るはずもないのと同じように
宇宙の期待に応えることもできないのに、メッセージがおりてくるわけもない、という
まあ厳しい意見ではある。

人の期待に応える、ということ。

それは例えば家族がお母さんに対して、
おかずが一品少なくてもいいから優しい顔でいてほしいという「期待」に
真剣に答えられるかという問題である。

かつての私はどちらかというと家族の期待を無視して
疲れた顔をして完璧な家事をこなそうとし(そんなことは期待されていないのに・・・)、
その努力を認めてくれないと腹を立てるというパターンに陥りがちだったように思う。

自分がどうしてもやりたいことは率先してやる。
人がなんと言おうとどうしてもやりたくないことも、自分の良心に正直に生きればよいと思う。

しかしそれ以外の場合、
自分は一体周囲から何を期待されているのか。
それに対して真剣に気持ちよく応えてみようという意気込みを
もってみたらよいのだとRishは言うのである。
by m_alchemia | 2009-04-13 22:08 | 日々の想い