半分の世界

午前中大船のフラワーセンターへ。今が一年でもっとも華やかな時期とあって、色とりどりの花に誘われてカメラやスケッチブックやお弁当を携えてのたくさんの人でにぎわっていました。このところちょっとあわただしい毎日でしたが、時間を作ってでも足を運べてよかったと思っています。

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さて、ドラセナの花の香りに包まれながら引き続き女性性について考えている。先日「脳のなかの幽霊」という本を図書館で立ち読みした。その中に「失認症」の女性の話があった。

この女性は脳の何らかの異常によって、見ているものの半分しか認知できない。見えないのではなく認知できないのである。そのため化粧をしても右側は綺麗に髪をとかし化粧をほどこすが、まるで線を引いたように左側の髪はぼさぼさで化粧も全くしていない。相手が右側でペンを持っていればそれが分かるが左側でペンを持つとペンはどこかに消えてしまうのである。しかし見えていないのではなく認知できていないので、もしペンの存在を主張するかのように大きく振って見せたりすれば左側にあってもそのペンに気づくという。

私はずっとこの話が心にひっかかっていた。このひっかかりから体の感覚をたどっていくと、それは私が2年ほど前から左の足首と足の甲だけが異常に冷えるということとつながっていた。この話をすると必ず「左なら女性性の問題ね」と言われる。おそらくそうだろうと私も思うのだが、それが具体的に何を指すのかがよく分からないのだった。

そしてこの失認症の女性の話である。

私はこれまで「女性性の問題」と言われると、自分に女性性が欠けているのだと思ってきた。そしてその欠けているものを探していたのだけれど、もしかしたら私は女性性が足りないのではなく、「女性性があるのに認知していない」だけなのではないかと思った。女性性の「失認」である。

つまり、私は男性性を象徴する右側の世界だけを見てそれで世界の全部を見ていると思っていたのかもしれない。女性性を象徴する左側の世界をあまり認識してこなかったのかもしれない。しかし「ない」ものを見るのは難しいけれども、そこには「在る」のだから意識さえ向ければその存在を認識することができるはずである。

・・と仮定して、私はちょっと試しに女性性の世界を意識して見ようと努めてみた。私は今右半分しか意識していないという前提で、目や耳や肌の感覚で「左側の世界」を感じようと心がけてみたのである。

するとあれほど冷たかった左足があたたかくなった。そして五感で捉える世界がとても広くなった感じがした。まだまだぎこちないのだが、しばらくやっていればそのうち慣れるだろうと思っている。

やってみればこんな簡単なことなのに。けれど、そこにたどり着くのに何年もかかる。(苦笑)

それはともかく「失認症」へのひっかかりにこだわっておいてよかったと思った。こういう体の感覚はまず嘘をつかないことを私は経験で知っているからである。
by m_alchemia | 2005-05-17 21:03 | 日々の想い