幸せの花

d0011725_13315117.jpg我が家のスズランがようやく咲いた。正確にはドイツスズランというらしい。可憐な花である。

ヨーロッパでは「聖母マリアの涙」と呼ばれることもある。長い冬を終えた5月のスズランはまさに「幸福を呼ぶ花」でもある。どこの国の何のお祭りだったか、この花を受け取った人には幸福が訪れると伝え聞いた。

それを知ってから玄関先(我が家の花はなんだが玄関先にしか咲いていないようだ・・・笑)に群生しているスズランが、さしずめ福を呼びこむ招き猫のように思えてきてなんとなく嬉しい。

スズランの花にはきれいなフリルがついている。それがこの花の可憐さをいっそう引き立たせているように感じる。こういう精巧な美しさをみると、これが偶然にできあがったとは到底思えない。こういう場面では私はいつも神の存在を思う。それは花を眺めている時だけではなく蝶の羽を眺めているときや、熱帯魚の見事なデザインを眺めているときにも同じように思う。それほどまでに斬新でユニークで色鮮やかで、かつ美しい。

そしてそこまで思って、ふと考えるのでる。
人間だってきっと同じように美しい、と。
同じように神の力がはたらいているのだから、と。

このスズランのように?
そのことを疑うことがあるのは、おそらく人間だけではないだろうか、と。

話は少し変わるけれども、
芸術や美というものが日常から切り離され、それが合理性に取ってかわられるようになって久しい。自然や宇宙との調和を取り戻すこと、それは日常の生活に芸術性を復活させることだといったシュタイナーの言葉を思い出している。

美しい花を身近に飾っておくことは容易い。しかし本当に大切なのはその美しい花としばし心をつなげて、その花を呼び水として自身の本来の美しさを目覚めさせることにあるようにも感じている。
by m_alchemia | 2005-05-11 14:25 | 日々の想い