話し合い

d0011725_16323320.jpg今年も真弓の木に毛虫が大発生した。家の前に生えているので、ひどいときには玄関の扉が毛虫だらけになり、そうなると桂はそこには近寄らず、別の出入り口を探すようになる。・・もちろん私だって本当はそうしたいのだ。

昨年もこの時期、毛虫をどうするかについて家族会議を行った。

毛虫を何とかして欲しいという私に対して、毛虫だって生きているんだし、別にこっちが被害を被ってはいないじゃないか、と彼はいう。そうはいっても毎日箒とちりとりで毛虫と格闘している私の身にもなってほしい、と私は訴えた。

「殺虫剤まいてもいい?」と私。「真弓の木を全部伐っちゃえば?」と母。彼がそのどちらの方法にもYESを言わないことは分かっていたが、毛虫ノイローゼになりそうだった私は「とにかく、なんとかしてくれないのだったら殺虫剤を撒く」と宣言した。


ついに彼はようやく重い腰をあげた。毛虫たちと「話し合い」をしたのである。おそらく「君たちここにいるとそのうち殺虫剤を撒かれちゃうよ、君たちには悪いけれどどこか別のところへ行ってくれないだろうか?」とか、だぶんそんなことではなかっただろうかと推測する。


翌日、毛虫は見事にいなくなった。すごい!嬉しい!ありがとう!
こういう出来事には彼の愛はめっぽう強く、広い。近視眼的な私のそれとは大違いなのである。

そして今年は私も毛虫との話し合いにチャレンジした。しかし、何かが違っている。よくよく考えると、私は毛虫のためにではなく、私のために、葉を食べられてしまってかわいそうな姿になっている真弓のためにその話し合いをしていた。私が行っていた「話し合い」は毛虫にとってはほとんど「おどし」に近かっただろう。

そのことに気づいた私は今度は心を改めてきちんと毛虫の気持ちにまで降りていって話しかけた。すると見事に毛虫はいなくなったのである。(もちろん彼も話し合いはしてくれていたので、私の話し合いにどの程度成果があったのかどうかは正確にはわからない)

この件に関して昨年は彼の愛を感じたが、今年は毛虫の愛を感じた。おかげで私はノイローゼを免れた。ありがとう毛虫くん。
by m_alchemia | 2005-05-10 16:32 | 日々の想い