無駄を省く

自分の周囲の人、ものごとはすべて自分にとっての師であるということはもちろんだけれど、普段私が先生と呼ばせていただいている方が幾人かいる。その一人がフラメンコの並木先生だ。

その並木先生に最近「動きに無駄がある」といわれることが何回か続いた。

「体を返す時に右手が体から一旦離れているでしょ。そういう無駄な動きが入ると踊っていても綺麗に見えないのね。だから右手を体から離さずにそのまま真っ直ぐひじからあげて・・・」

無駄をなくすと綺麗に踊れる、と並木先生は言う。そして無駄な動きをなくすには、基本の姿勢をしっかりと体に叩き込むことがどうしても必要になる。

ということを、どういうわけか今朝方目が覚めた瞬間に思い出した。もしかしたら何かの夢の続きだったのかもしれない。

「無駄がないということはゆとりがないということとは違うんだ」と寝ぼけ頭で突如悟ったのである。

そう、私はたぶんどこかで、無駄がないということがゆとりがない、「遊び」がない、どこか無機質な感じでつまらないと思っていたのだと思う。

そうではなくて、無駄がないということはきっと美しいことなんだ、と思った。

無駄を省いたつもりでどこか美しくなっていないものはそれは無駄ではなく、手間か愛情を省いているのかもしれない。

無駄な動きを省いて踊るということは実は結構体力や体の筋力がいる。省くだけなんだからすぐにでもできそうな感じがするのだが、これがなかなかうまくいかないのだ。

私が日ごろ先生と慕っている方々は口をそろえて「基本に徹しなさい」という。それが無駄のない美しさに到達するための王道なのだろうと思っている。
by m_alchemia | 2007-01-13 21:12 | 日々の想い