生きている時間

児童文学「少女パレアナ」を読んだ。

両親に死に別れて厳しいおばさんに引き取られたパレアナが、持ち前の明るさで周囲に幸せを振りまいていくという定番のお話である。

パレーおばさんから「毎朝自分の部屋を掃除して、9時から30分間本を音読し、それから水曜日と木曜日は料理を習い、残りの日は裁縫を習うこと。そして午後からは毎日音楽の勉強をしましょう。そのために先生を頼んでおきます。」と言われてパレアナは叫ぶ。

「まあ、パレーおばさま。それでは、まるで、生きてる時間がなくなるわ!」

「何をいっているのです、パレアナ。生きてる時間って、それはどういう意味なの?」

「生きてる時間っていうのは、自分のしたくてたまらないことをする時間なの。山にのぼったり、町へ行ってみたり、ナンシーたちと話をする時間なの。」

「生きてる時間」という言葉にドキッとした。
「遊ぶ時間」と言わなかったことに・・・。

私はたぶん「結果として」は人生を楽しんでいる。
でも私はどのくらい「生きてる時間」を意識しているだろう?
・・・そうか、「生きてる時間」なんだなぁ。

同じような表現がアボリジニーが語った言葉の中にもあったように記憶している。何度も何度も聴いている言葉なのに、忘れてしまうのはどうしてなんだろう?

「生きている」とはどういうことかを頭で考える前に、私はとにかく「生きてみる」ことが必要だ。それが「少女パレアナ」が教えてくれたことだった。
by m_alchemia | 2006-06-12 17:12 | 日々の想い