創造の卵

桂がアトリエで半年かけて作っていた作品を昨日持って帰ってきた。
30×40cmくらいの家である。

2階建てで、大半は木で出来ていて、瓦は一枚一枚焼いて作ってある。外壁も実際の家のように丁寧に塗ってあり、部屋の中にはクロスがはってあった。キッチンや机、パソコンやパソコンのマウスなど一個一個作ってあり、決して緻密とはいえないが、嬉しそうに一つひとつを説明してくれた。

楽しかっただろうなぁ。

確かにこれは自他共に認める大作だ。

家においておくスペースはないのだが、すぐさま壊すのはさすがにもったいないので、とりあえず実家に預けることにした。

工作が大好きな彼にとっては、こうした作品を創れる環境があることがとても恵まれていると思う。学校の図工では○時間で作れるもの、というように製作時間に限りがあるし、家で作業をするには材料が限られる。

(とても瓦を一枚一枚作って焼くなどといった作業はできないし、電動ノコギリも使わせることはできない。だいたい半年も未完成のものを置いておく場所がない。そういえば2年生のときに漫画の三国志を読んで感動し、ダンボールで魏と書いてある旗と兜と馬を作っていた。あの時は部屋の半分を占領されて寝るのに苦労した。部屋に新聞紙でテントを作ったときも大変だった。桂が学校へ行っている間にダンボールを処分しても、また帰りに拾ってくるのだ・・・笑)

他人の意図が最低限しか働かない場所で自分をどう表現し、楽しむか。
私は子供の時、そういうことがとても苦手だった。
人に言われたことをやるのは確かにおもしろくはなかったが、言われたことだけやっていればいいという安心感もあった。好きにしていい、というのが実は一番苦手だったのだと思う。

その傾向、つまり「期待されれば頑張れる」という傾向は未だに強いのだけれど(苦笑)だからこそ私にとっての桂の存在はとても新鮮で、とても大きい。

桂が作ってきたのは決して目に見えるだけの「箱」ではない。そこにあるのはさまざまな可能性であり、桂のビジョンであり、創造の卵なのだ。そう思ってこのハムスターの家のような作品を眺めている。
by m_alchemia | 2006-05-28 11:35 | 日々の想い