そのものになるのではなく

カルロス・ゴーン氏のインタビュー記事(「プレジデント」)を読んでいた。経営に関するコミットメント、具体的には日産を再生させたそのコミットメントについて書かれていたのだけれど、記事の最後に自分自身がコミットしていることについて触れていた。

「私自身についての予測はいつもはずれています。社会に出たら歴史の教師か何かになるつもりでした。会社に入ったらずっとフランスに住むつもりでした。けれども今も月に一週間は日本にいます。これからもどうなるかわかりません。」

けれどもゴーン氏が大切にしたいことは会社であっても家庭であっても自分が「過去や周囲からの違いを生み出すこと」なのだという。それが自分のコミットメントだと言い切る。

ゴーン氏はブラジル生まれのレバノン人でフランスで学び、フランスで暮らす。奥さんはレバノン生まれ、長女はブラジル、その下の子供たちはアメリカ生まれで家族の祖国が皆違うという。

ゴーン氏はどこにいても自分が人と違うと感じてきたようだ。けれど彼はそこに疎外感を感じるのではなく、人並み以上のコミュニケーション能力を発揮して「違うまま同化すること」を大切にしてきたように感じる。フランス人そのものにはなれない、でもフランスに同化することは出来る。日本人そのものにはなれない、でも日本人や文化に同化することはできる。。。

周りと歩調を合わせることを学んできた、日本人である私にとって、彼の言う「過去や周囲に違いを生み出すこと」という発想自体が分かりにくいのだが、周囲と同じになることを目指して努力するのではなく、自分の存在が常に違うからこそ如何に「役に立つ違うもの」を持ち込めるかという視点にたっていることに気づかされた。

そのものになろうとするのではなく、同化する。そして違いを創造する。
もう少しいろいろと考えてみたいテーマではあると思う。
by m_alchemia | 2006-04-04 21:53 | 日々の想い