静を愉しむ

d0011725_10171854.jpg気づけば一月ほど停滞の時期に入っている。

昨年までは、何もかもがストップしてしまったような時期というのは降りやまない雨のような気持ちで心のどこかで早く晴れ間が見えるのを待っていたように思う。

それが今、この「静」の時を非常に心地よく過ごしている自分がいる。多分生まれて初めての経験ではないかと思う。

静なる時がいつまでも続くとは思っていないが、いつまで続いても全く苦にはならないような感覚。それでいて「動」の時期が来ることも楽しみに待っている自分がいる。忍耐力とはもしかしたら、苦しいのをぐっと我慢することではないのかもしれない。こういう状態であったらいつまでも待てるなぁ・・と感じている自分がいるからだ。

「静=元気がないとき」「動=元気なとき」という構図は考えてみたらおかしなことだが、どこかで皆がそう感じている。私自身、つい先日「今ちょっと停滞時期にいる」と話したら「その割にはお元気そうですね」と言われた。

私も半年前であったら同じように考えただろうと思った。けれど、この体の感覚は確かにのびのびとしていて「静」の中に心地よく漂っているのである。それはもしかしたら呼吸(丹田に気を収める)のことにこだわり始めたからなのかもしれない。

こだわり始めただけで収められるようになったわけではないのだけれど、(・・・今いろいろと実験中です。真剣にやりはじめると結構おもしろいものだという全くの初心者段階です。笑)それを通じて忍耐力のある人の感覚が少しだけ理解できたように感じている。
by m_alchemia | 2006-03-26 10:40 | 日々の想い