話すこと、放すこと

昨日の記事の続きを書いてみたい。

今のところ桂は自分の気持ちをかなり正確に表現しようと試みてくれている。それは私がなんとなくそのように仕向けてきたところもある。

「クラスの女子のKさんはいつも一人でいることが多いんだ。僕が図書室にいるときに、一人で本を読んでいるのを見かけることがあるし、この間は一人で教室の隅に座ってずっと外をみてた。寂しそうだった。きっと先生は気づいていないんだよ。見ている僕も寂しくなったよ。でも今日はKさんはRさんとめずらしく一緒に遊んでたんで、僕ほっとした。。。」

ある時は
「Sくんは中学受験をするんで塾に行っているからすごく頭がいいんだ。お弁当もって塾に行って、帰ってから宿題やって12時くらいに寝るんだって。大変だなぁって思うけれど、がんばっているんだなぁってすごく尊敬もしてるよ。」

「今日は体育でサッカーをやったんだよ。ゴール前で僕が立っているところでT君が思いっきりシュートしたら僕に当たってゴールに入らなかったんだ。すごく痛くてつらかったけれど、少年サッカーチームに入っている子達がみんなで「川上、ナイスセーブ!」って言ってくれたんだ!もうすっごく嬉しかったよ!」

如何にいろいろな出来事を通じていろいろなことを感じているかが手に取るように分かる。

私はそんな話を日々聞いていて「それはさびしいね」「すごいね」「嬉しかったんだね」「辛いね」というコメントすることしかしない。どんな話でも最後までひたすら聞くことに徹している。

人生に解決法なんていうものはない。私も桂に対して気の効いたアドバイスなどできたためしがない。けれど「話す」には「放す(解放する)」という効果がある。だから私は桂に話をしてもらいたいと思う。別に学校のことや友達関係のことを特別詳しく知りたいわけではない。それは彼本人の世界だからだ。ただ「解放」することを大切にしたいと思っているし、どんなことであっても話していいのだと知っていてもらいたいなとそんなふうに思っている。
by m_alchemia | 2006-03-16 20:27 | 日々の想い