頼もしい顔・続き

d0011725_17191772.jpg写真は北海道に戻ります。(笑)
そして話は引き続き桂のことです。

私は桂に「あなたの母親のいうことを真に受けるべきではなく、自分で判断して行動しなさい」と言ってきかせてきたと書いたが、同時に「人間一人でできることなど何もないのだから、ゆめゆめ自分の力で何かができたなどとは思ってはいけない。いつも人に感謝することを忘れずにいなさい。」と言い聞かせてきた。

これは取りようによっては明らかに矛盾している。
片方では自分の力を信頼しなさいといい、片方では自分の力なんてたいしたことはないのだと言っているからである。でも私はそういう矛盾をあえてそのまま桂につきつけて平然とした顔をしているようにしている。

たくさんの人に関わってもらって子供を育てるということも、同じ意味でとても素敵なことだと思っている。母親、父親、祖父母、親戚、先生、友達、近所の人たち。当然のことながら、皆価値観が違う。

たとえばおやつひとつとっても私は決まった時間に少しだけ食べるもの、といって小さい桂を育ててきた。しかし、人によっては「お腹がすいているんだから、別に食べさせたってかまわないだろう」と言う人がいる。そういうときに私はいつもその人が正しいと思うやり方で桂に接して欲しいと望んできた。

桂からすればそこには明らかな矛盾があるわけで、けれどその矛盾の中で日常を生きていると自分で自分なりのルールを子供でもきちんと見出していく。

例えば私と過ごしているときは絶対に3時でないとおやつを食べないとか。
ひいおばあちゃんがくれたお菓子なら夕飯前でも食べようかな、とか。
あるいはありがたくもらっておいて、あとでゆっくり食べようかな、とか・・・。

矛盾を矛盾のまま、内にとりこんでいかれる人は強いと思う。
そして子供というのは以外に皆、それを平気でやっているようにも見える。
それを適応力、というのだろう。

大人になって思考をこねくり回していくうちに、なんだか複雑になってしまうことも多いのかもしれない。賢くなった分、しょうながいのかもしれないけれど。
by m_alchemia | 2005-08-09 17:51 | 日々の想い