約束に関する意識と実際のギャップ

先ほどある方にメールをお送りしたものを、少し手を加えて自分の為に残しておこうと思います。

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こんにちは。メールをいただきましてから「約束を守る」ということについてずっと考えております。私は約束というのは時間という要素が関係するものはたとえどんな些細なものであっても、意外にレベルの高い約束だと感じているところがあります。

たとえば「何時に電話する」「毎日続ける」「何時に会う」「何時までに出社する」「いつまでに仕上げる」といったものです。

それは例えば15時に美容院の予約を入れているという場合に、人間というものは朝起きた瞬間から15時という時間をどこかで意識しているものだろうと思うのです。つまり何時間も前からその「15時」という一点に向かって朝から無意識に自分を持続的に拘束している。そうしないと15時にはそこに行かれないからです。

そういうように時間の約束というのは意外に自分を縛るものであるように思います。
と、同時に相手がもしきちんと約束を守ってくれているのであれば、それは当たり前のことではなく実は結構なエネルギーを使い、また緊張を強いてくれているということに私たちは感謝が必要ですね。

また特に自分で自分にした「時間が関わる約束」というのも、これもなかなか大変だったりします。3日坊主という言葉があるくらいですから、たとえ5分でも毎日続けるのは大変ですし、就業10分前には出社しようと思ってもいつもギリギリになってしまう、締め切りが守れない、ということがあるように思います。誰に怒られるものでもありませんからさらにハードルの高い約束となりますね。

そういう意味では「遅刻をしない」という約束と「何かあったら必ず担当者に報告する」という約束では、どちらも普通にできそうでも、明らかに質と難易度が違います。(もっとも自閉症のような方はこれが逆になるのかもしれません。自閉症の人は正確に時間を守りますが、「何かあったら」という基準が理解できないので担当者に報告することがとても高度なレベルになると聞いています)

一見普通に考えれば守れそうなことであっても、それを守るには私たちが思っている以上にエネルギーの必要なことがあるのかもしれません。

それは本来人間の魂が「時間」の枠を超えて自由でありたいという基本的な欲求をもっているからなのではないか、それによる抵抗が起こる時、無意識であっても(本意でなくても)約束が守れないということが起こりうるのではないかと、現時点では思っています。

そして先日のお話に戻るわけですが、もし相手の方が自らそのような時間に関する約束を気軽にしながらそれを守れないということがあるのであれば、それは相手の方がそういう約束が実はなかなかレベルの高い約束なのだということに気が付いていないのかもしれません。

さらにもしその方がそういう(常識的な小さな)約束を守れない自分に落ち込んだり、自暴自棄になることがあれば、じつはそういう約束は簡単なものではなくて、ひそかに高度な約束なのだ、そしてそれを普通に生活の中で守れている人というのは実はすごい人なのだ、ということを理解していくことが必要なのかしらとも思っています。

もちろん、だからといって時間に関する約束が守られなくても仕方がないということをお伝えしたいのではなく、誰にでもできる簡単なことと言われているものの中に、実は意外にそうでもないものが含まれているということを承知していることは人間関係の構築の上で必要なことと思っております。

自分が当たり前だと思う「常識的な考え」には、また自分が疑いも持つことがない考えほど、一度立ち止まって疑問を呈してみるという姿勢はとても重要で、そういう姿勢を持ち続け考えているうちに自分の視界が開けて、今自分が抱えている問題に解決の糸口が見えて来るということがあるように思います。


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by m_alchemia | 2011-01-25 20:32 | 日々の想い