ある日の夜中に考えたこと

数日前のことなのだけれど、夜中に突然目が覚めた。

目が覚めた瞬間というのがとても面白くて

「自然に続けられる人が、ものごとが続けられる人なんだ」という言葉で
 
はっとして目を開けたのだ。

時計を見ると午前2時。私は寝ながら何を考えていたんだろうか。。。(^^;)

思い切り目が覚めてしまったので30分ほどそのことについてあれこれ考えてみた。

他人をみていると毎日続けていてすごいなぁ・・などと思うことがよくあるのだけれども、本人からすると続けようと意識しているわけではないのだろう。継続が苦手な私にも毎日続けていることはある。食事をすることであったり、出がけにお化粧をすることであったり、寝る前に必ず本のページをめくることであったり、お湯を沸かしているようなちょっとした時間にフラメンコのふりを確認することであったり、などだ。

きっとフラメンコを踊らない人にとっては、私が毎日家の中で踊りの確認をしているときくと、すごいなぁと思うことがあるかもしれない。

実際にはコツコツ継続で上達を目指しているわけでも何でもなくて、ただやらないでいることの方が難しいということが人には必ずあるということだ。少なくとも私の場合には、だけれども。


そしてそんなことを考えつつ、またひと寝入りをして朝を迎えたら、図書館からメールが届いた。

「あなたがご予約された『なまけもののあなたがうまくいく57の法則』(本田直之著)が届きました。」

これもシンクロというのだろうか。思わず苦笑してしまった。この本は私が昨年の10月くらいに予約をした本だ。リクエストが多くてなかなか順番が回ってこなくて、ほとんど忘れかけていた本だ。

この本にはものごとが続けられない人が、いかに自然に継続できるようにするにはどうしたらいいのかが書かれている。書店で立ち読みできるくらいの分かりやすい本だが、あえてそれをせず待っていた。

読み終わって、要するに、と思ったのは
継続をすることが苦手な人は自分が「なまけものである」と認めることがすべてのスタートになるということだった。私がこの本を書店で手に取らなかった、(たぶん)一番の理由は、自分が「なまけものである」ということを認めたくなかったからだと思う。

どこかに「私だってやればできる」という思いがあって、ただ疲れているだけ、ただ時間がないだけなんだと思いたい自分がいる。

だから明日になればできるはずと思いたくなる。努力をしたくなる。努力をすればできるんじゃないかと思う。でも努力をしてもできない。

だって本当は「なまけもの」だから・・である。
自分が明日になっても自分であるように、「なまけもの」は明日になっても「なまけもの」なんだな。(^^;)

自分が「なまけもの」なのだと自認したあたりから、生活の中で何かが変わった。できるだけ手を抜こうとして積極的に工夫をするようになった。どうやら「なまけもの」は楽をするための工夫なら喜んでやろうとするらしい。

以前はこの工夫に抵抗があったのだと気づいた。
つまり、「わたしは『なまけもの』じゃないんだから工夫なんかしなくてもできる」と思いたい自分がいたからだと思う。だから工夫じゃなくて、努力で目標を達成したいと願ってしまうのだろうと思った。

そして、そうした工夫のうちのいくつかは功を奏して、続けようとしなくても自然に続くようになった。人の心って面白いなと思う。「認めない」ということが、どのように内側のブロックとしてはたらくのかを垣間見た気がした。

私は自分の中に埋め込まれている「努力」というものの正体を見極めたいと思っているのかもしれない。

努力をしなければ成長できないというのは、真実なのだろうか。

夜中の一言以来、そのことをなんとなく考え続けている。



*本日もお読みくださいましてありがとうございました。
タロット「実践」クラスは両クラスとも満席となりました。

8月12日~17日までお休みをいただきます。どうぞよろしくお願いいたします。
by m_alchemia | 2010-08-12 07:41 | 日々の想い