仲間をもつということ

毎週、近所の公民館でマンドリンアンサンブルの練習に参加している。
長く関わっていると、一旦サークルを抜けた人から、続けていた頃が楽しかったし懐かしくもなったのでもう一度戻りたいと言ってくるという場面に出会うことがある。

辞める理由は仕事や本人の病気や家族の介護などさまざまなのだが、その復帰の際に喜んで迎えられる人と、復帰を嬉しく思われない人と、拒まれる人がいる。

最近もその件が持ち上がりかけたのだけれど、在籍中のメンバーの一人から複雑な心境にあるという話を聞いた。今回の理由は、その人が辞めるにあたって指揮者や各パートのトップには簡単な挨拶があったけれども、それ以外の人には何の挨拶もなく辞めてしまったことだった。

本来なら真っ先に同じパートの人に挨拶があっていいはず。たくさん世話にもなり、助けてもらってきたのだから一言あってもよかったのではないか,とその人は言う。

「その人たちへの感謝の気持ちと、定演前に個人の都合で抜けることへの謝りの言葉が何もないまま。結局その人は周りのことはあまり考えていなくて、自分のためにサークルに参加していただけのことなのよ。」

サークルという実害があまりない集まりだからこそ、他者に対する心配りが必要だし、そういう思いを持てる人と一緒に演奏をしたいのだ、と。

この言葉を聞いていて、日ごろの無意識の自分の立ち振る舞いを思って少々冷や汗が出た。自分の普段の振る舞いの結果をあるとき、例えばこういう形で突きつけられることがあるのだと思ったのだ。当然ながら私が聞いた言葉は当の本人には届かない。自分が何故拒まれる結果になったのか、その原因がたとえ自分にあったとしてもそれを教えてもらえる機会がいつでもあるとは限らない。

サークルには男性も女性もいるが、ほとんど私よりも年齢が15~20歳くらい上なので人間関係の保ち方について、してはいけないこと、心の具体的な配り方、日々たくさんのことを学ばせていただいている。

このサークルは私も2年半前に仕事が理由で一旦離れ、そして半年前に復帰をした。その時に私はメンバー全員から笑顔と「お帰り!」という言葉で迎えていただいた。私はそれについて普通のことのようにたぶん思ったのだろう、深く考えたことがなかったのだけれども、

「川上さんは皆から拍手で迎えられてよかったね」と昨日言われたときに、本当にありがたいことだったなぁと思った。そしてさらに、ありがたかったのは

「別に川上さんがギターのトップを任せられるからじゃないのよ。川上さんがあんまり上手じゃなかったとしても、きっとそういうふうに皆から迎えられたと思うよ」と言ってもらえたことだった。言っていただいて、なんだか、じわんときた。私が私だからという理由で受け入れてくれる場所があるというのはとても幸せなことだ。

・・だから、その人のことだって別に腕前のことで歓迎できないって言っているんじゃないのよ、ということだったのだけれど、たぶん本当に一つ一つは小さなことだったんだろうと思う。

職場でも趣味の集まりでも、そこを辞めたくなることがある。単純に内容や人間関係に興味が薄れたことが理由であっても、でもそれらは相手のせいではなく、全部自己都合なのだ。だから、もし辞めたい気持ちになったとしても、他を思いやる気持ちをもつことは大切だし、離れるにしても相手に惜しまれるくらいであっていい。たとえ二度とここへ戻ることはないだろうとその時に思えても、だ。

特に30代も半ばを過ぎて大人になったら、そのくらいのことはできるようにならないとね。というのが今回教えてもらったことのように思う。

今回のその中心となった辞めた人には是非戻ってきてもらえるように、わだかまりが解けていくようにと私は願っている。そういういろいろなことがあって、その中でお互いが自分の中にある気持ちを確認していける。それこそが仲間の素晴らしさだと思っているし、その人がいたからこそ気づかせてもらったこともたくさんあるからだ。そうして再び共に心地よく演奏ができたら、きっとより深みのある美しい大人のアンサンブルが出来ていくのではないかしら、と思っている。


*本日もお読みくださいましてありがとうございました。
9月開講のタロット基礎クラス、木曜日クラスは満席となりました。土曜日クラスは残席1名です!
by m_alchemia | 2010-05-29 13:55 | 日々の想い